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「いや、さっきも言ったように爆発的に増殖した時だけだよ。それに木が枯れるっていうのは若い芽が出るための自然の中の入れ替わりだ、僕たち人が何か手を加える必要は無い。おそらく何百年もそのサイクルを繰り返しているから。余計なお世話なんだよ、人が何かをするのは」
そう言われると確かに……問題があるのならとっくにこの辺りの木はすべて枯れているはずだし、特に大きな問題は無いようにも思える。常に菌が増殖しているわけではなく一定の気象条件が揃った時だけ出るのならそれもそうかと思ってしまう。
「でも私が見つけたのはこの地域ではありません」
「僕もそれを聞いて驚いたんだけど。温暖化が進んでこの十年位で日本の気候はだいぶ変わった。基本的には暑い日が多いから問題ないと思うけど。普通に考えれば菌の移動範囲を制御なんてできない。日本全国この菌はいるのかもしれない」
言われてみれば確かに今年は記録的な冷夏だった。私が行った観光地もその影響で一部分だけピンク色の紅葉ができてしまったのだろう。すべての紅葉がピンクに染まらないあたりはやっぱり増殖条件が厳しいのかもしれない。
「じゃあ何も問題ないんですね。でもどうしてそれを最初のミーティングの時に言わなかったんですか」
資料から目を離して川守さんの顔を見た瞬間。私は背筋に冷たいものが走って何も言えなくなってしまった。まるで能面のように不自然な笑みを浮かべていたからだ。
「あの……」
「全く何も問題がないってわけじゃないんだよ。アヤちゃん、微生物が木を分解する仕組みってわかる?」
「えっと、確か木の主成分であるリグニンを分解するんでしたっけ」
「そうだね。木の主成分はすべて炭素化合物だ。ざっくり大まかに言うと炭素を分解する生き物と言うことになる」
そこまで話すと川守さんは黙り込む。私はなんだろうと思ったけど嫌な予感がして気になったことを聞いてみた。
「あの、炭素って、あらゆる生き物に含まれていると思うんですけど。人間に影響は無いんですか」
まさかとは思った。すると川守さんはアハハと軽く笑う。
「ほぼ100%炭素化合物で出来てる樹木でさえ特殊な条件が揃わないとここまで増殖しないんだから、人間は大丈夫だよ」
「ですよね」
「そう考えられてきたんだけどね」
「え」
川守さんは資料の最後の方をめぐって見せてくれた。
そこにはパソコンでデータをまとめたらしい新しい資料があった。写真はデータとして取り込まれてきれいに印刷されている。そこにあったのは写真の画像だ。
男性の髪の生え際がピンクに染まっていた。
ちょっと待って、この髪がピンクに染まっている人ってまさか。私は震えながら川守さんを見る。
「そう、僕」
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