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03 愛情のカタチ
『かなた お母さんに聞いたんだけど、弁当箱、やっぱ駅ビルでいいみたい』
『かなた 学校の最寄駅はスーパーしかないね』
『紘 俺も聞いた。街のほうに出たら300円で買える店もあるってさ』
「…へえ」
夕食を終えて、リビングのソファーで一息。
そんな究極にリラックスした時間に飛び込んできた一報に、圭は膝に乗せていた本を閉じた。
弁当箱をどこで買えばいいのか。
質問者たる圭は昼間のやりとりで満足と納得の行く答えを得ていたのだが、新しく出来た友人達はしっかりと家族に情報の確認を取ってくれたらしい。
その気遣いが嬉しくて。思わず頬の筋肉が緩む。
「どうした?」
そんな圭の隣でタブレット端末をいじっていた父親が、目敏く圭の変化に気づいた。
圭の父親は『目も耳も脳みそも、二つ以上あるに違いない』そう思わせる程聡い男だが、事、末っ子の機微にはそれがより顕著にあらわれる。
圭が本を読むのをやめたのを見て、自分もタブレットをテーブルの上に移した。
テーブルには、おろしたての紅茶のカップが二つ。
その微かな振動で、ゆらりと水面が揺れる。
「弁当箱、欲しくて」
「ああ、そっか。弁当……そういうのもあったな」
「うん。で、欲しいなって言ったら、友達が売ってる場所お母さんに聞いてくれたんだ。……返事を打っても?」
「勿論。……もう友達できたのか、良かった。お前は人当たりがいいからそのあたりの心配はしてないけど……」
『圭 情報ありがとう。さっそく週末にでも買いにいこうかな』
「大丈夫大丈夫。いい三人組に引っ張って貰えた」
なんか色々ありそうなクラスだけど。
という言葉は心の中に押しとどめる。
明日には離れ離れになる父親に、余計な心配をさせるわけにはいかないからだ。
(……ホントあれは、どうしたものかな)
クラスに面倒くさそうな問題児がいて。
彼の様子がどうにもまずい。
そんなことを聞いたら、絶対に「帰る帰らない問題」に発展してしまうだろう。
元々過保護な家族だったが、春先の入院騒ぎの後は余計にそのその症状を悪化させてしまった。
そしてその騒ぎで相当な心労を与えてしまった自覚のある圭に、その心配を跳ね除ける力はないのである。
「……週末、買いに行きたいんだけど」
二人からの返事を受けて。
出来るだけ、自然に、力みなく要望を伝える。
「一人で?」
そんな努力も虚しく。
父親のほうは、速やかにカチリと過保護スイッチを入れた。
「うん。だってお父さんいないし」
「アキは」
「土日どちらも早番」
引き合いに出されたのは同居の叔父だ。
彼は圭には甘く、頼めば二つ返事でついてきてくれるだろう。
だが残念なことに、彼の予定は基本空かない。忙しいがデフォルトだ。
今日だって仲の良い兄の最後の滞在日だというのに、渋々夜勤に出ている。
「この近所には売ってないのか」
「んー……たぶん」
父親も考えてはいる。
考えてくれてはいるが、
その知性を煮詰めたらこうなりましたみたいな端正な顔には、あきらかな『NO』が浮かんでいた。
「……それなら、アキの居る日か通販にしなさい」
「絶対そう言うと思った!通販はやだよ。大きさとか想像出来ないし」
「それはそうだろうけど」
「一人の何がダメなの」
「まずまだ地理がわかっていないだろう」
「地図アプリが」
「何より一人で公共交通機関に乗るのがダメ。これは最初の約束にあったな?」
「う」
「お前の容姿は、目立つし危ないんだよ……約束を決める時、アキだって反対しなかったろう」
父親とて、好きで圭を縛り付けているわけではない。
なにせアメリカに住んでいた時ですら、まあ、なにかとあったのだ。
日本人離れした色味とこの容姿は、日本では更に目立つだろう。
反対の理由としては、十分。
――そうしなければならないのは、ひとえにこの顔のせい。
「もう少し大きくなったら、俺からマリーに条件の緩和を交渉する。だからもう少し、そこは我慢してくれ」
父親は済まなさそうに笑って、宥めるように圭の頭を撫でた。
そんな顔をされると、もう反論はできない。
何を隠そう、というか隠すつもりは一ミリもなく。
圭は、お父さんっ子なのだ。
「……わかった」
甘えるように父親にもたれかかりながら、もう一度スマホを手に取る。
トークルームに、新着メッセージあり。
父親の視線がちらりと動いたのをみて、自分から見せるような体勢に移動し、アプリを開いた。
現状、親に見られて困るプライバシーなんてない。
それなら安心させてやろうという魂胆である。
二人で見たメッセージ欄には、新たな登場人物『キヨ』からのメッセージが届いていた。
『キヨ 一緒行く?』
(……おっと、これは)
『かなた おお、いいじゃん』
『かなた っていっても、俺ら部活なんだけどさー!』
『紘 まあ男子中学生がゾロゾロ連れだって弁当箱買いに行くのは変だろ』
『かなた それはたしかに』
「……お父さん」
「……うん」
「この『キヨ』っていうのは、藤井清良君といいます」
「うん」
「今日ずっと俺の面倒をみてくれた、はじめてのお友達です」
「……」
「……ダメ?」
飛んで火に入る、なんとやら。
一人じゃないなら問題ないのでは? と
頭上の父親をじっと見つめて、「おねだり」をする。
父親は数度瞬きをした後、うーーんと唸ると、
「親切なお友達に感謝しなさい」と笑った。
「やった!」
「ただし、ちゃんと門限は守ること。アキにもちゃんと言って出ること。どんなに楽しくても、アキからの連絡は絶対に無視しないこと」
「わかってるよ!」
交渉が成功したことに喜んだ圭は、父親を一度ハグすると、スマホを片手に立ち上がった。
「ちょっと部屋で話詰めてくる」
「ああ」
「すぐに戻るから、お父さんそこにいてね」
「わかってる。一緒に映画観たいんだろ。……お菓子の用意でもしておくか」
「夜だけど、いいの?」
「今日くらいいだろ。俺とお前だけの秘密だ」
「……余計美味しそうだね」
「ほら、行って」
家族との距離感が年相応かといわれたら、それはおそらくノーなのだろう。
それは親兄弟の過保護ぶりだけではなく。
自分から彼らへの愛情表現も、同世代のそれよりはきっと幼稚だ。
けれどしょうがないじゃないか。と思うのだ。
中尾圭は。
自分がどれだけ愛されているのかを知っている。
そしてそれが「当たり前」ではないことも。不本意ながら。
返しても返しても返しきれないのなら。
せめて、あますことなく伝えなくては。
――それが、圭の、子供なりに考えた答えだった。
パタパタと部屋に戻って、深呼吸。
突然入った甘えたモードを、対友人のそれに切り替える。
ちまちまダラダラとトークを返す時間的な余裕はない。
それなら。
『圭 清良、ちょっとだけ通話いい?』
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