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大きなダンボールにはたくさんのハロウィン衣装が入っていて、みんなでどれを着るか相談している。
ルーが「僕らの国だと魔女とかお化けなんかの仮装をするけど、イザナミではそういうのと関係ないコスプレもするみたいだよね。アニメキャラとか」と言うと、ミリアンが「ブリタニアも割りと自由だな」と頷く。
「僕はどっちのいいところも取って、チェシャ猫にしようかな! ふわふわのピンクと紫のしましま着ぐるみと、猫耳カチューシャだぞ☆」
「ルーらしくてかわいいね! ちょっと不思議なキャラクターなのもハロウィンっぽいよ。僕はどうしようかなぁ」
「エヴァは~そうだなぁ。瞳の色に合わせてティンカーベルなんてどう!?」
ルーの提案に、ミリアンとエドマがぴしっと動きを止めた。気絶していたアマーリが急に起き上がる。
「ダメだ——ダメに決まっているだろう!! スカートが短いぞ!!」
おっと、なんか知らんがミリアンとエドマがホッとしているような、残念がっているような……なんなんだあいつらは。
「あはは、アマーリったら。ルーだって冗談で言っているんだよ。僕にティンカーベルはかわいすぎるよ」
「黙れ! 乗せられて本当にスカートなんて履いて、風邪を引いたらどうする! 俺は許さないぞ」
謎にショックを受けた様子のミリアンが割り込んできて、エヴァに言う。
「エヴァ、アマーリの言うとおりだ。風邪を引くからダメだぞ。風邪を引くから。俺も思っていた」
「う、うん。2回言わなくてもわかっているよ、ミリアン」
美少女みたいな顔のベルトは、さっきからダンボールをあさり続けてやがる。張り切ってんな~~。
「俺は~~~これ!! ゴルシ!! ずっとコスしたかったんだ~~~」
みんな「おーっ」と声を上げている。
競走馬モチーフの女の子・ゴールドシロップちゃんの衣装、ミニスカワンピだけど白タイツにロングブーツだからいいのかな。
似合いそうだと思ったら、隣りにいる兄・エドマの顔がとろけてやがる。
まあ、気持ちはわかるな。立ち絵の雰囲気も似てるし(※2)。
「兄貴はメグロマックイーンやろうぜ! ゴルマクは熱いんだ!! スカートだけどタイツ履けば風邪引かないよな?」
俺には関係ないけど、エドマのSOSが聞こえる気がして胃がキリキリすんな。
ミリアンはにやついた顔で「エドマ~~、よかったな。ベルトからの直々のリクエストだぞ?」とか言ってやがるが。
なんだかんだで兄弟ともに別室で着替えてきたが、驚くことにエドマは——似合っていた。
身長的に履けるタイツがなかったらしく、黒いパンツの上にスカートを履いているってのもあるが、フリルの大きな襟にブラックのロングジャケットが絶妙に似合っている。
ルーが軽く頬を染めて言う。
「エドマ、かっこいいじゃない! ねえ、エヴァ?」
「ほんとだよ! ねえ、これを機にいろいろ着てみたらどう?」
ミ、ミリアンがめちゃくちゃ悔しそうな顔してる~~~~~~~~~!
「ちぇ! みんな兄貴ばっか! 俺がいっちゃんかわいいだろうが!! ま、でも確かにいい機会だから俺がいろいろ選んでやんよ」
そんなこんなでエドマはあまたの衣装を着せられた。
恐ろしいことに、エドマは何もかもを着こなした。
海賊やナポレオン、吸血鬼やゾンビ衣装はもちろん、持ち前の憂いとアウトローっぽさがいい具合に甘さを中和させるため、かわいい系のキャラも着こなし次第でなんでもイケた。
俺的にヒットしたのはチェックシャツにバンダナの、イザナミのオタクファッションだ。
なんでこれをかっこよく着こなせるんだよ。しかも妙にアンニュイで色っぽかった気がするが、もう考えるのはやめよう。
ほかのやつらを見てみると、アマーリがダンボールから真剣な表情で赤と青のボディスーツを取り出しているところだった。
ベルトが手から糸を放つポーズをしながら言う。
「いいねー! クモのヒーローじゃん! しゅって糸出すんだよな!」
「ベルト、それはにわかがやる過ちだ。その角度では俺の顔に糸は放てない」
「え?」
「あの方は、指ではなく手首の内側につけている機械から糸を出す。ということは、俺の顔に糸を届かせるためには腕自体をもっと上げ、さらに手首を反らす必要がある。
ちなみにあの方は数学や科学にも精通しており、糸を出す機械はあの方自身が開発したものだ。俺たちと同い年くらいなのにすごいことだ。俺も努力しているつもりだが、まだまだだな」
若干早口に言い切ったアマーリは瞳をキラキラさせ、張り切って着替えてきた。うん、似合っているぞ。あとそんなに好きなキャラに変身できてよかったね。
「さあて、俺はどうしようかな。なまじ顔がいいと何を着ても意外性がないからな」
「ミリアンはジャババ・ザ・ハットの格好でもしてなよ! そんなことよりエヴァはチアリーディングコスなんかどうかな!」
「僕がチアに? う~ん、ルーが言うなら試してみようかな」
そこにミリアンがスライディングの勢いで入ってくる。
「ダメだーーーーーーッッッ!!! ティンカーベルがダメならチアガールもダメだろうが!?
いや確かに似合う!!! 似合うに決まっているしふたりきりのときなら実に見たいが、エヴァ、ほら、あの~~~なんだっけ、そうだ。スカートは寒い」
「ミリアン、落ち着いて!? なんでチアガール前提なの!? ルーはチアリーディングとしか言ってないんだよ!?」
ルーがニヤニヤしながらミリアンを見つめている。
「や~~~い、ミリアンのエッチ。チアにはパンツスタイルのユニフォームもありまぁ~~す」
「男子のチアも流行っているしね、着替えてくるよ」とにこにこするエヴァの足もとで、ミリアンが崩れ落ちる。複雑な男心だな。
ということで、エヴァはチアボーイ、ルーはチェシャ猫、アマーリはスパイダーなヒーロー、双子はゴルマク、ミリアンは死ぬほど不機嫌なジャババ・ザ・ハットになった。
猫耳ルーが拳を上げる。
「よーし! 仮装は完璧だ! Des bonbons ou un sort! お菓子をくれなきゃ呪いをかけちゃうぞ! ユーリ先生やモローたちにお菓子をもらいに行こう!」
『おーっ!』
くっくっく……あーっはっはっはっは!! 準備は整ったようだな!!
いよいよ俺の出番だぜ、まずはかわいいアマーリからだ。
どうせ「さっきのは夢だ、気のせいだ」と思い込もうとしているんだろうが、俺に気に入られたのが運の尽きさ!
思いっきり怖がらせて——ん???
「よお、かぼちゃ風情が俺のアマーリに何しようってんだい?」
なんと。
いつの間にか隣には黒い翼の生えたエヴァが、いや、エヴァと同じ顔の御使いがいた。
ひと目でわかる。こいつはヤベェ、俺とは力の差がありすぎる……!
「いえなんでも……あの子はあなた様のお気に入りでしたか。はは」
「なんでもないんだな? じゃあ、あいつらのお菓子ハントにでも協力してきな」
ということで、俺はおとなしくルーの小脇でカボチャ提灯の役割をまっとうした。
大人たちはみんな喜んでお菓子をくれた。ユーリ先生と呼ばれていた医者は自分も魔女の仮装をして「これがほんとの美魔女、な~んちゃって」と言い、エヴァ以外には無視されていた。
お菓子と笑顔に満ちた賑やかな夜に、これはこれでよかったかもなと思う。
まあ俺も楽しかったし、来年があればまた来てやってもいいかな。
「ぜひおいでよ、待ってるからね」
そう言って、ルーがキスをしてくれた。
今年のところはもう思い残すことはない。
でも日付が変わり、幸せな気持ちで空に上っていく深夜、俺は見たんだ。
誰もいないサロン室のコスプレ衣装が入ったダンボールから、チアガールのユニフォームをこっそり持っていくミリアンを——。
思い残してたわ、ちきしょー!!!!!
俺だってエヴァのチアガール見たかったーーー!!!
完
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※1 プレパ……グランゼコール準備級。グランゼコールという教育機関に行くために入学する特別クラス。
※2 立ち絵の雰囲気も似てる……本編「秘色のステラマリス」のキャラクターイラストページを見てみてね!
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