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「悦子お嬢様……!」  女中は声を上げて少女を室内へ引き込んだ。少女はずぶ濡れで、黒々とした長い髪が白い肌に貼り付いていた。美しい少女である。美しいが、気の毒なほど痩せ細り、彼女もまた蒼白な顔をしていた。 「お嬢様、どうしてこんな日にお外に……外は危険でございます」  女中は一瞬逡巡する素振りを見せた。それはきっと少女をこのままにはしておけないという使命感からのものだっただろう。それでも、彼女には優先すべき急務があった。 「よく聞いてください、お嬢様。旦那様が急なご病気で倒れ、鈴木も危険な状態です。私は今から町にお医者を呼びに行ってきますから、お嬢様は談話室で待っていてくださいまし。疫病かもしれませんので、絶対にお二人に近づいてはいけませんよ」 「園子、行かないで……」  少女は引き留めるように女中の外套を掴んだ。骨の浮いた指先は震え、少女の動揺が見て取れる。女中はキュッと唇を引き結んだ。 「申し訳ありません、悦子お嬢様。お医者を呼んだらすぐに戻ってまいりますので――」  言い終わるか終わらないかのうちに、少女が素早く腕を振り上げた。  次の瞬間、上がる悲鳴。  雷光が切り取った一瞬の幻影の中に、目を刺すような鮮血が吹き出した。 「ぎゃああぁぁぁッ」  女中は顔を押さえて背中を丸める。その首の側面に、もう一突き。 「――だから、行かないでって言ったのに」  どさりと崩れ落ちた女の腕を掻い潜り、少女はホールへと足を踏み入れた。手には血濡れた園芸鋏を握っている。
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