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 少女は僕を見てはいなかった。この空間の誰もと同じように、僕の存在を認識してなどいなかった。僕はもう悟っていた。これは屋敷の持つ記憶なのだと。誰かが僕を過去へと誘い、この屋敷で起きた惨劇を見せようとしている。  同時に僕は、電話線を切ったのもこの少女だろうということを理解していた。少女の後を追って階段を上る道すがら、事切れた執事の躯に屈みこむ。激しい嘔吐の跡がある他、特徴的なのは全身を覆う紅疹か。推理小説を好む僕には、この症状に心当たりがあった。ヒ素だ。おそらくは、悦子と呼ばれたあの少女が盛ったのだろう。  僕は既に恐怖していなかった。好奇心が勝っていたのだ。いったい何があの可憐な少女を凶行へと駆りたてたのか。僕は半ばこの惨劇の最期を予感しながら、ゆっくりと濡れた足跡を追い掛けた。  扉は開いていた。  呻き声が聞こえる。湿った黒髪の頭越しに、ベッドに横たわる男性が目に映った。  横溝・ロドリゴ・ジュリアーノ。  西洋人の血筋を色濃く残した端正な顔立ち。同性の僕ですら見惚れる程であったが、その面貌は執事と同じく醜く歪められていた。蒼褪め、口からは泡とも吐瀉物ともつかないものを吐き、飛び出さんばかりに見開いた瞳が宙を彷徨っている。 「おじ様」  ジュリアーノは瞳を横にずらした。 「え、っ、子……」 「はい、おじ様」  少女は枕元に近付いた。汗で貼り付いた髪を掻き上げてやる。その手付きには慈しみすら感じたが、背に回した手はキツく鋏を握り占めていた。
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