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②
昨日のことは、とりあえず考えない。
そう自分に言い聞かせて部室に入る。中田先輩が先に来ていて台本に何か書き込んでいる。
「おはようございます。」
「おはよ。」
手を止めて僕を見てにっこりしてくれるのは、いつもと変わらない。昨日のアレは夢だったんだろう。
「森合。」
先輩が席を立って僕に近寄る。僕は思わず一歩後ろに下がってしまった。先輩の表情が少し曇って、僕は目を逸らした。
「森合。」
中田先輩が僕の唇を触る。
「そういう演出だから。」
指があったかい。
「…え。」
昨日は“つい”って言ってたのに。
「だから、慣れて。」
先輩の顔が近づいてきて思わず目を閉じる。唇に唇が重なって、
「んっ?ん?」
なんだかわかんなくて、顔を横に振った。
「森合。」
顔を離して先輩の顔を見るとその顔は真っ赤で、
「なんで先輩そんな顔。」
「俺もやっぱ恥ずかしいから。だから、慣れよう。」
中田先輩が僕の顎に手をかけてもう一度、キスをする。僕は、訳がわからなくて、頭が真っ白だ。
中田先輩の顔が離れて。
「慣れた?」
って聞かれて、恥ずかしくて俯いた。
「慣れません!…人前でこんなこと、できない。と、思います。」
耳が熱くなる。
当たり前のことを言ってるのにめちゃくちゃ恥ずかしい。中田先輩だって、絶対に恥ずかしいくせに。キスなんかして。僕は男なのに何回もキスなんかして!どうせキスするなら僕は女の子としたかったのに。
「…俺とキスするの慣れて欲しくて。」
中田先輩は、たぶん僕を騙したいんだ。高校演劇で、キスなんて見たことない。
「台本は恋人の設定だし、こういうことしてるだろ。人物のバッググラウンドもちゃんと想像できないと、生きた芝居できないし。」
確かに、先輩の書いた台本の人物は恋人同士で、しかも、時代は昭和。敗戦間近の日本で、男は戦争に行く。その前の数日間の2人。
「俺、最後の大会だし。いい芝居したい。本当にお前を好きになって、本当に悲しい気持ちになりたいんだ。」
本当にって!?
口から出かけて、驚きのあまり言葉を失った。
「森合。付き合って。俺と。」
「え?」
僕は、頭が真っ白になって何も言えない。
「ん、いや、森合はフリでいいよ。俺を好きなフリ。」
「…フリ??」
「フリ。」
「フリ…ですか。」
どうしよう、フリじゃなくて本当に好きになったら。って、何考えてんの?
「お願い、森合。」
「…う…うう。」
僕、男だし。中田先輩も男だし。
「俺、ずっと考えてたんだ。森合のこと。森合と付き合ったらきっと、お互い芝居も良くなるって。」
だって、付き合うって、今のキスよりすごいことがめくるめくすごいことが…。
でも、フリならそんなことしなくても良いのかな…だったら…。
「先輩」
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