1/1
前へ
/29ページ
次へ

昨日のことは、とりあえず考えない。 そう自分に言い聞かせて部室に入る。中田先輩が先に来ていて台本に何か書き込んでいる。 「おはようございます。」 「おはよ。」 手を止めて僕を見てにっこりしてくれるのは、いつもと変わらない。昨日のアレは夢だったんだろう。 「森合。」 先輩が席を立って僕に近寄る。僕は思わず一歩後ろに下がってしまった。先輩の表情が少し曇って、僕は目を逸らした。 「森合。」 中田先輩が僕の唇を触る。 「そういう演出だから。」 指があったかい。 「…え。」 昨日は“つい”って言ってたのに。 「だから、慣れて。」 先輩の顔が近づいてきて思わず目を閉じる。唇に唇が重なって、 「んっ?ん?」 なんだかわかんなくて、顔を横に振った。 「森合。」 顔を離して先輩の顔を見るとその顔は真っ赤で、 「なんで先輩そんな顔。」 「俺もやっぱ恥ずかしいから。だから、慣れよう。」 中田先輩が僕の顎に手をかけてもう一度、キスをする。僕は、訳がわからなくて、頭が真っ白だ。 中田先輩の顔が離れて。 「慣れた?」 って聞かれて、恥ずかしくて俯いた。 「慣れません!…人前でこんなこと、できない。と、思います。」 耳が熱くなる。 当たり前のことを言ってるのにめちゃくちゃ恥ずかしい。中田先輩だって、絶対に恥ずかしいくせに。キスなんかして。僕は男なのに何回もキスなんかして!どうせキスするなら僕は女の子としたかったのに。 「…俺とキスするの慣れて欲しくて。」 中田先輩は、たぶん僕を騙したいんだ。高校演劇で、キスなんて見たことない。 「台本は恋人の設定だし、こういうことしてるだろ。人物のバッググラウンドもちゃんと想像できないと、生きた芝居できないし。」 確かに、先輩の書いた台本の人物は恋人同士で、しかも、時代は昭和。敗戦間近の日本で、男は戦争に行く。その前の数日間の2人。 「俺、最後の大会だし。いい芝居したい。本当にお前を好きになって、本当に悲しい気持ちになりたいんだ。」 本当にって!? 口から出かけて、驚きのあまり言葉を失った。 「森合。付き合って。俺と。」 「え?」 僕は、頭が真っ白になって何も言えない。 「ん、いや、森合はフリでいいよ。俺を好きなフリ。」 「…フリ??」 「フリ。」 「フリ…ですか。」 どうしよう、フリじゃなくて本当に好きになったら。って、何考えてんの? 「お願い、森合。」 「…う…うう。」 僕、男だし。中田先輩も男だし。 「俺、ずっと考えてたんだ。森合のこと。森合と付き合ったらきっと、お互い芝居も良くなるって。」 だって、付き合うって、今のキスよりすごいことがめくるめくすごいことが…。 でも、フリならそんなことしなくても良いのかな…だったら…。 「先輩」
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加