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③
僕は中田先輩の顔をまっすぐ見てみた。
好きなフリ。好きなフリ。本当に好きにはならなくていい。
「わかりました。…お付き合いします。」
中田先輩は、半分くらい恥ずかしそうにして半分くらい嬉しそうだった。
「本当に?」
僕が頷くと、嬉しいのがこっちにも伝わるくらいに喜んでいる。…フリなのに。
「お芝居のため…ですよね。」
僕は鞄から台本を出して、席に座った。ト書を指でなぞるけど、どこにもキスシーンなんか無い。
「あの、どこかにキスシーン加えるんですか?」
「加えない。」
「は?」
「人物のバックグラウンドだから。そこには書いてない。俺の中で膨らんでいく恋人同士のめくるめく…。」
説明する中田先輩の言葉が頭の上を通り過ぎていく。
「表面だけが芝居じゃないんだ。わかるよな?」
「え?」
「わかんないのか?俺の言ってること。」
台本と中田先輩を交互に見て僕の中に答えが出た。
なるほど、中田先輩はバカなんだなって。ただ、中田先輩が本気で僕を好きだったら、なんていうか、不器用すぎるやり方だなって思う。
さて。僕は、中田先輩を好きなフリというお芝居を部活中ずっとしなきゃいけなくなった。
まず、部員として中田先輩のことは先輩として好き。それと、中田先輩を付き合っている人として好きっていうのは、どう違うんだろう。
あれかな。キュンてやつ。胸が締め付けられて、なんか切ない、苦しい…みたいな?
じっと中田先輩を見てみるけど…全然キュンてしない。中田先輩が、僕の視線に気づく。
「何?」
「は?」
「え?何?」
「え?」
「は?」
「ん?」
いや、そっちが「何?」とかおかしくない?
「森合のセリフ。次」
「……えっと。」
中田先輩はさっきキスした以外はいつもと変わらない。
え、僕だけが意識してるってこと?はっず!恥ずかしい。なんなんこれ!
「森合、意識してる?」
中田先輩が台本を置いて、僕の肩に手を回す。
「え、え?」
「森合、それが恋の始まりかもな。」
ちょっと待って!ちょっと待って!またキスされるの?僕は瞼を固くつぶった。頭をポンポンされて力が抜けた。
「困ってる顔も、やっぱりかわいい。」
「中田先輩…。」
優しい顔をされてどうしていいかわからなくなる。
「セリフ、ここ。ちゃんと聞いてた?俺読んでたところ。」
「…ごめんなさい。」
「読んで。ちゃんと気持ち入れて。」
演劇の台本には、赤紙の届いた男性とそれを打ち明けられる女性のセリフが書いてある。
「俺から読むからね。いい?」
隣に座っているから圧迫感がある。
「はい。」
僕は、役に集中できるか不安になるほど、中田先輩の距離感が気になる。
中田先輩は少し息を吐いて、僕にゆっくり
「私にも召集令状が届きました。お国を守るため、戦地へ赴きます。」
その僕をみる目は真剣そのもので思わず息を呑んだ。
「……千之助さん、約束してください。…必ず帰ってきてください。」
中田先輩がため息をついた。
「恋人に赤紙がきたら、もっと悲しいよね?」
中田先輩が、僕の頬をムニムニ片手で潰す。
「俺、森合に赤紙来たらやだもんよ。泣くと思う。」
ずっと、ムニムニするから嫌になってくる。
「…コレ、…やだ。」
中田先輩に抱きしめられた。
「かわいい。ダメだあ。練習にならない。好きって憎い。」
僕も練習になりそうにない。
もう一度、キスされた。
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