大型バス解禁

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 新しい年を迎えた。今年は雪も少なく、なんとも穏やかなお正月である。だが、辰也の心は(よど)んだままだ。やるせない思いを胸に、それでも妻とともに近所の神社へ初詣に出かけた。  二礼・二拍手。  「……」  そして、深々と一礼。  自分を取り巻く状況の好転を願って手を合わせたことは容易に想像できよう。  実はこの神社、辰也にとってはとても相性がいい。部長の重責を担った12年間、当然ながら順風満帆だったわけではない。ミスやトラブルが続き、次、もう一度同じことがあったら“進退伺”もやむを得ないか、といった場面が何度かあった。その都度、ひとりこの神社へ出かけていき、手を合わせた。すると不思議なことに、そのあと、必ず状況が改善して、ピンチを切り抜けていったのである。  そんな経緯もあって、最後の手段を“神頼み”に託した辰也であったが、今度ばかりは、神様も手の施しようがなかったのか。採用予定者が辞退したという連絡もなく、妻・彩佳の理解を得ることもないままに、無情にも時間だけが過ぎていき、ついに、退職届けの提出期限の日を迎えてしまった。  辰也は、不本意ながらも、小学校に電話を入れて、補欠採用の辞退を伝える。そして、休む間もなく、新たな仕事探しを始めた。スクールバスの求人など、日常的にあるものではない。辰也は“守備範囲”を広げ、“福祉施設”、“温泉旅館”など、ありとあらゆるジャンルでバスのシートを求めた。  単に“転職”だけを考えたら、辰也の経験と力量を持ってすれば、需要は決して少ないわけではない。だが、辰也は、あくまでバスのハンドルを握ることにこだわった。  妻から、いちどは却下されたバスの運転解禁の許しを得るためだ。しかし、その道のりは、まだまだ険しい。
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