大型バス解禁

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 面接試験の当日、予定の時間より30分も早く小学校に到着した。今回のために買い込んだ参考書を済から済まで熟読して、準備万端ではあるが、それでも32年超しの“大舞台”とあって、いやおうなしに緊張感が高まる。  小学校を卒業以来、久しぶりに訪れた懐かしの母校も、2度の改築工事によって、当時の面影は殆ど見ることが出来ない。辰也は、深呼吸をすると、木目調で重厚感のある来客用玄関のドアノブに手を掛けた。  扉を開けると、待ち構えていたように、事務職員がお出迎えだ。  「ようこそ、お待ち申し上げておりました。」  「中谷辰也と申します。本日は、よろしくお願いいたします。」  緊張からか、やや固い表情で挨拶を交わすと、職員は、さっそく面接会場へと案内した。  「こちらへどうぞ。」  通された一室には、約束よりもだいぶ早い時間にも関わらず、面接官である学校長と教頭、さらに人事担当の幹部職員がすでに座っている。  「どうぞ、こちらにお掛けになってください」。  校長に着席を促されて、こともあろうか、何の前触れもなく、いきなり、唐突に、試験が始まってしまった。  まずは校長が口を開く。“志望された理由は何ですか?” 面接試験における定番中の定番ともいえる質問がくると思っていた。ところが、校長が発した最初の問いかけは意外なものであった。  「このたびは、私どもの職員募集にお応えいただきまして、誠にありがとうございます。先日、お電話いただいた際の担当職員の対応や、本日、受付されたときの職員の対応は問題ありませんでしたか?」  予想だにしなかった質問に、辰也は一瞬動揺したが、そこは長年にわたって重責を担い、そして数々の修羅場もくぐり抜けてきた百戦錬磨のベテランだ。すぐに冷静さを取り戻し、落ち着いた表情で応じる、  「ありがとうございます。たいへん親切に応対していただき、恐縮しています。」  その後も、校長は、おおよそ”採用試験”とは縁がなさそうな、世間話ばかりふってくる。日常会話の中から、その人の“ひとどなり”や“本質”を見抜こうというのだろうか。  面接が始まって10分ほど経過したころ、ようやく本題にも触れはじめ、志望動機に話が及んだ。  「実は私、こちらの小学校のOBでありまして、42年前に卒業致しました。」  面接官たちが、やや驚いたような反応を見せた。手応えを感じた辰也が続ける。  「卒業後、何らかの形で、母校のお役に立ちたいと考えておりましたが、なかなか実現できないでいました。今回このような募集を拝見致しまして、ぜひとも恩返しができれはと思いまして、志望した次第です。」  「大型自動車の運転免許証を取得したきっかけを、差し支えなければ、教えていただけますか?」  「15年ほど前になりますか、子供の部活で、遠征の送迎をするために取りました。私どもが子供のころは、多少遠方でも、自分たちで電車を乗り継いで行ったものですが、今は、親の送迎が不可欠です。でもそのおかげで、自分の子供だけでなく、よその家の子供たちともコミュニケーションが取れるようになりましたね。」  面接はおよそ30分続いた。結局、最後まで、世間話を交えながらのやり取りであった。
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