大型バス解禁

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 無事に面接試験を終え、それなりの手ごたえを掴んでいた辰也であったが、妻に極秘で“事”を進めた罪悪感は日増しに強くなっていった。  仮に、首尾よく“採用”を勝ち取ったとしても、いかにすれば妻の理解を得ることができるだろうか。もしかしたら、夫婦関係に亀裂が走るような修羅場が待っているかもしれない。そう考えると、むしろ“不採用”になってくれたほうが、あきらめもつく、という思いさえちらつくようになってきた。  合否の通知予定日を翌日に控え、辰也は意を決して、ひとつの()けに出る。  「実はね、例の小学校の人事担当、高校時代の同級生らしくてね。3年ぐらい前だったかなあ。みんなで集まったときに、子供の部活での送迎のことを話したんだけど、それを覚えていてくれてね。今回募集しているバスドライバーをやってもらえないかって、直々に連絡がきたんだ。どうも、1件も応募がなかったんだって。」  もちろん“嘘八百”である。それも、やや無理のあるシナリオとも思えたが、彩佳は、そこには触れずに、それでも“また例の話か”とばかりに、うんざりした表情を露わにした。  「あなたねえ、その担当さんにどんな言い方したの? 送迎したっていっても僅か数回でしょ。それに、今だから言うけど、その時に乗っていた人たち、あなたの運転、けっこう怖かったって言ってたわよ。」  「そんなことないだろう。そんな苦情一回も聞いてないよ。」  「当たりまえでしょう、本人に面と向かって言うはずないじゃない! こっそり言われてたのよ。免許持ってるからって、安易にハンドル握らないほうがいいって。事故起こしてからじゃ、遅いって。」  「随分だなあ!」  どこまでが真実で、どこからが“盛って”いるのかは、今となっては確かめようもないが、やはり、妻の説得は、一筋縄ではいかない。結局、彼女の理解を得られないまま、合否の通知日を迎え、その選考結果は、予想だにしなかった“補欠採用”であった。つまり、採用予定者が、今後、何らかの事由で辞退を申し入れたとき、自分にその“お鉢”が回ってくることになる。  辰也は頭を抱えた。なんとも中途半端な裁定がくだり、妻の説得だ、理解だ、という以前に、自分自身が動くに動けず、といった状況になってしまったのだ。  ふと、窓の外に目をやると、音もなく白いものが舞い降りている。どおりで寒いわけだ。12月も半ばを過ぎ、今年もあとわずかである。仮に、運よく状況が好転し、自分が繰り上がっての採用を勝ち得たとしても、転職にあたっての準備期間などを考慮すると、就業規則で定められた退職届けの提出は1月中旬がリミットである。とにかく時間がない。
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