酒場にて

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酒場にて

「頼む。ヨシさん、いてくれ!」  走りながらビリーは必死に祈った。目当ての人が見つかることを。  10分走り通して、ビリーは村に1軒しかない酒場に来ていた。  ドアをぶち破るような勢いで飛び込んだビリーは、全身汗みずくになり、ぜいぜいと肩で息をしていた。 「何だ、坊主?」  入り口近くのテーブルにいた男が、怪訝そうに尋ねた。ビリーは気が急いていて、相手にする余裕がない。 「ヨシさん、ヨシさん……」  必死に店内を見渡すビリーの目に、カウンターで立ち飲みする中年女性の姿が映った。 「いた! ヨシさん!」  大声を出したビリーに、店内の目が集まる。その中にビリーが探す、ヨシという名の女性がいた。 「おや、ビリーじゃない? どうしたのよ、大声を出して?」 「ヨシさん!」  手の甲で額の汗を拭いながら、ビリーはカウンターに近付いた。 「妹が、ミライが3日虫に噛まれたんだ」  しん、と周りの会話が途絶えた。 「ここへお座りなさい。これで汗を拭いて。親父さん、この子にお水を頂戴」  隣の椅子にビリーを座らせると、ヨシという女性は目線を低くしてビリーに問いただした。 「3日虫って言ったね? 間違いないんだね?」 「はい。爺に……えっとスコッティ―の爺さんに教わりました」 「そうかい。なら間違いないね。噛まれたのはいつだい?」 「今日の昼前と言ってます」  そうかいと言って、ヨシは腕を組んで俯いた。 「ヨシさん、妹を助ける方法を教えてください」  痛々しい物を見る目でビリーを見ながら、ヨシは残酷な事実を告げた。 「金が掛かるよ。そうさね、あんたたちの食い扶持の2年分くらいの」 「2年分! そんな大金……。金があったらどこに行けばいいんですか?」 「街の医者さ。街に行けば、3日虫の毒を中和する薬がある」 「明後日中にその薬を飲ませれば、ミライは、ミライは助かるんですね?」 「そうだよ」  ヨシは以前医者の助手をしていた女で、病気や薬のことに詳しかった。3日虫はこの地方の風土病なので噛まれる人間もそれなりの数がいた。 「70万ギル。助けたかったらそれだけの金が要る。それも2日以内にだ」  ビリーは椅子を降りると、酒場の床に土下座した。 「誰か、誰かお金を貸して下さい。妹が死にそうなんです。薬を買うお金を貸して下さい!」  一気に叫ぶと、打ち付ける勢いで額を床にくっつけた。  ビリーは何度でも頭を下げるつもりだった。親も親戚もいないビリーたちは、こうでもするしか人の力を頼る方法がなかった。 「けっ! いい加減にしやがれ! うるせえぞ!」  土下座したビリーに酒の入ったグラスを投げつけたのは、今朝ダンジョンの入り口で絡んできた冒険者だった。 「ダンジョン乞食が酒場で金をたかってんじゃねえよ! 物乞いするなら、道端でやりやがれ!」 「その辺にしてやってくれないか。その子の妹が死にかかってるんだ。気が動転していたんだよ」 「知ったことか? 人が死ぬのがそんなに珍しいか? ダンジョン乞食なんか、毎日くたばってらあ」 「ビリー、立ちな。この人の言うのももっともだ。こんなところで物乞いみたいな真似をするんじゃない」  ヨシは男をなだめるのをあきらめて、ビリーを立ち上がらせた。 「すみませんでした。ご迷惑をかけて」  頭から酒を滴らせながら、ビリーは頭を下げた。 「よう、小僧。良いことを教えてやるぜ。70万稼ぎたいんだって? ダンジョン乞食ならダンジョンで稼いだら良いじゃねえか?」 「あんた、もう良いだろう? 放っといておやりよ」 「うるせえ! 俺はガキに話してるんだ!」  ヨシの手を振り切って、男はビリーの胸倉を掴んだ。 「よう。死体の追剥ぎなんかやってねえで、モンスターから引っ剥がせばいいじゃねえか? 第3層のフロアボスを倒せば、5回に1度宝玉を落とすぜ。その宝玉なら100万は下らねえはずだ」 「よしなって。こんな子供にフロアボスなんか倒せるはずないだろう。ましてや3層だなんて……」 「うるせえっつってんだろう!」  男はヨシの手をはねのけると、ビリーを床に投げつけた。 「てめえらみたいなゴミムシがよ、俺の兄貴から武器や防具を引っ剥がしたんだ。死体あさりばっかりやってねえで自分の体を張って稼いでみろや!」  男はビリーの胸を踵で踏みつけた。 「……スは、……ですね?」 「何だと?」  ビリーは踏みつけられたまま男から眼を反らさなかった。 「第3層のフロアボスは、ゴブリンジェネラルですね?」  燃えるような眼で、自分を踏みつける男を見上げていた。 「そ、そうだよ……」  思わず気圧されて、男はビリーから足をどけた。 「ビリー、まさか本気じゃないだろうね?」  ヨシは無茶をするなと止めようとした。 「他に方法がありますか? 70万の金を明後日までに手に入れる方法が?」 「ミライをどうする気だい? 明日から高熱が出るよ?」 「あたしが預かるよ」  カウンターの反対端から声が掛かった。 「あなたは……」  近寄って来たのは酒場で働く女給。よく見れば昼間会った冒険者を亡くした女であった。 「へっ。物好きがいたもんだぜ。あれ、おめえはヒポクレスの女房じゃねえか? 亭主が死んだからって、ガキに粉かけてんのか?」  きっと男を見返した女が何か言い返そうとした時、その目の前にビリーが右手を突き出した。 「これを受け取ってください」 「何だい、これは?」 「俺とミライの全財産です。少ないけど、2日分の給金だと思って下さい。」 「あんた、これ……」 「妹を、お願いします!」  ビリーは女の手を取って、命の金を握らせた。
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