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「意味分かんねえよ」  一言ぶつけた時、手の先にある煙草の先端から、何かが崩れるように、灰が落ちたような気がした。 「お前がヤクザの息子っていうのと、バンドを辞めたってことに、何の関係があるんだよ」  「あのな、人志」と秀太が制そうとするけれど、俺は構わず続ける。 「確かに、お前のことを快く思わねえやつもいるかもしれない。けどお前、あんなに音楽好きだったろ、あんなに情熱持ってくれてたろ。お前がヤクザの息子なのは分かったけど、そんなのお前には関係ないし、お前はお前だ。それなのに、親のせいでお前が音楽諦めるなんて、おかしいだろ」 「……お前らは、俺がバンド辞めた訳を知りたくて、ここまで追いかけてきたんじゃねえのか。だったらもういいだろ」 「よくねえよ」  引き下がりたくなくて、再び強く口にする。 「確かに、今更一緒にバンドやろうとか言わないし、音楽を強制するつもりもない。けど、もしまだ続けたいという気持ちがあるなら、俺たちがいくらでも協力するし、相談に乗る。それなのに、勝手に決めつけて、自ら離れるなんて真似するんじゃねえよ。お前がどうであれ、俺たちはお前の味方なんだから」  納得できないと同時に、寂しかった。何故彼が、悩んでいただろうにも関わらず、自分たちを頼ってくれなかったのか。自分たちに、本当のことを打ち明けてくれなかったのか。だから、今更でもいいから、本当の気持ちを自分たちにぶつけて欲しい。そう思った。    けれど、そんな関係は、とうに崩れていたのかもしれない。 「……簡単に言うんじゃねえよ」  返ってきたのは、隆一の、怒りにも慟哭にも似た、低く震えた声だった。 「お前、昔っからそうだったよな。人の事情にデリカシーなく踏み込んで、一見正しそうなことばっか言って。そんなお前が、傍から見たらいつもかっこよかったけど、同時に腹立たしかった。 お前が言ってんのは、ただの綺麗事だ。そんなことで許されたら、俺たちはなんも苦労してねえんだよ」 「それでも、好きなことを諦めて、ひっそりと生きていくことが正しいとも思えない。お前のことを受け入れてくれる人だって絶対にいるし、それなのに、何をそんなに怖がる必要があるんだ」 「うるせえ!! ただあてもなく音楽やってるだけのくせに、知ったような口聞くんじゃねえよ!!」  それは、俺でも自身の過ちに気づくには充分な、悲痛な叫びだった。 「いいよなお前らは、いくらでも自分の好きなことやっても許されて。俺たちみたいなやつはなあ、何しても、やりたいことがあっても、一生後ろ指さされながら生きていかなきゃならねえ、他人様に迷惑かけることしかできねえ身分なんだよ!! だからあそこが俺の生きていくべき世界なんだ、これ以上気安く足踏み入れてくんじゃねえよ!!」  隆一は、走り去った。その背中が人混みに消えていった時、そこで初めて、俺は自分の吸っていた煙草が、とうに使い物にならなくなっていたと気づいた。煙草を口から離して、肺の中に残ったのは、ただの喪失感だけだった。
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