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03
その後、他のチームから金を回収し、リーダーの女が寄越した男に金を渡した頃には夜になっていた。
仕事を終えた俺が、これから家に戻ろうと街を歩いていると、電話がかかってくる。
スマートフォンの画面を見ると、あの蛍光色のスニーカーにダメージスキニーパンツを履き、派手な柄のパーカーを着ている――闇バイトの募集で来た若い男からだった。
何か問題でも起きたのかと思って電話に出ると、若い男はこれから飲みに行かないかと誘ってきた。
もう仕事が終わって金は持っていないので、酒を飲んでも大丈夫なのだが、気が乗らないので断った。
だが、若い男はどうしても相談したいことがあると食い下がる。
《頼むよ、ツナギさん! 俺の人生がかかってんだ! 俺にはツナギさんしかいねぇんだよ!》
無理だと電話を切っても何度もかけてきたので、諦めて話だけでも聞くことにした。
それからチェーン店の居酒屋で合流し、騒がしい店内で若い男と顔を突き合わせる。
「まずは飲みましょう。ツナギさんはなに頼みます?」
オレがハイボールを頼むと、若い男はテーブルにあったパッチパネルを操作して、レッドブル·ウォッカを頼んだ。
それから一緒に唐揚げ、フライドポテトを注文し、オレはサラダを追加するように伝えた。
「えぇ!? ツナギさんマジっすか!? オレ、野菜とかマジ無理なんすけど」
俺が全部食べるからと言い、メニューを注文すると、ドリンクがすぐに来た。
他の客らに負けずに、若い男は声を張り上げてグラスを掲げてくる。
「それじゃ乾杯しましょう」
「ああ、乾杯」
「うぇいぃぃぃ! いやーそういえばこうやってツナギさんと飲むのって初めてですよね。ウッホ! ヤバい、マジで嬉しいわ!」
若い男はテンションを上げ、まるで水のようにレッドブル·ウォッカを飲み続けた。
次から次へと飲み、顔を真っ赤にしながら車のことや、何やら服やアクセサリーブランドの話をしていた。
俺が興味があるとかないとか関係なく、ずっと楽しそうに喋り続ける。
話を聞きながら思う。
こいつは俺に相談などなく、ただ誰でもいいから飲みたかったのではないか。
同じチームの子たちは、こいつとは違って真面目そうだったし、きっと誘って断られたのだろう。
ある意味では電話で言っていた、“俺にはツナギさんしかいない”というのは大げさではなく事実なのだろうが、正直、一緒に飲んでいてもこっちは楽しくない。
そろそろ適当に理由をつけて帰ろうと思っていると、突然若い男が真剣な眼差しを向けてきた。
「ツナギさん。それで、電話で話してたことなんすけど」
ようやく若い男の相談が始まったようだ。
すでに唐揚げもフライドポテトも食らいつくし、かなり酔っ払っている状態で話し出すことに不快感を覚えながらも、俺は静かに話を聞いた。
どうやら話によると、若い男は今回だけでなく、今後も闇バイトを続けたいようだ。
しかも半グレ組織のリーダーと直接会わせてほしい、仲間に入れてほしいと、これまでとは別人のようなしおらしい声で頼み込んできた。
「お願いします。オレ、ここが最後のチャンスだと思ってんすよ。なんとかなんないすっかね」
「最後のチャンスって、君はまだ若いでしょ? こんな仕事よりももっとまともな――」
「オレ、わかっちゃったんすよね」
若い男は、俺の言葉を遮って話を始めた。
持たざる者が金を手にするには、それ相応のリスクを負わないといけない。
自分は頭も悪く、喧嘩も強い奴には敵わない半端者だ。
そんな奴が成り上がるには、この世界しかないのだと、いつもヘラヘラしている表情を引き締めながら語った。
だが、俺は抜けれるうちにこの世界から抜けたほうがいいと、若い男の頼みを断った。
大体、俺は組織の正式なメンバーではない。
リーダーの女が面白がって飼っているペットみたいなものだ。
そこまでの権限はないと、若い男に伝えたが――。
「でもそれって、ツナギさんが特別ってことでしょ?」
「はあッ? なんでそうなるの?」
「だって下っ端でリーダー知ってるのツナギさんだけじゃないっすか。お願いします! 俺には金が要るんすよ!」
俺の話など聞いてない様子で若い男は喋り続ける。
良い暮らしがしたい。
美味いものを食っていい女を抱きまくりたい。
高級車に乗って偉そうに街を走りたいと、どうしようもない理由を言い出した。
「抜けられなくなるよ。この世界はそんなに甘くないんだ。手を染めたら足を洗っても辞めれない」
「大丈夫っすよ。金を稼いだら速攻で逃げてどっかの田舎でなんかカタギの事業を始めるんで。今ならスマホ一台あればどこでも商売できるでしょ」
自己啓発系の動画でも見たのか、若い男はずいぶんと楽観的にその後のことを考えているようだった。
いくら説得しても元手さえあれば上手くと言って聞かない。
いい加減に嫌になった俺は、とりあえず話を通しておくと言い、その場を収めることにした。
「マジっすか! さすがツナギさん! 絶対に聞いてくれると思ってましたよ! ささ、ジャンジャン飲んで食いましょう! 今日は奢りますよ!」
若い男は大喜びでタッチパネルを手に取って、俺の分と自分の分の酒とさらに高そうな料理を追加した。
嬉しそうに酒を飲む男を見て思う。
この世界、染まる前に辞めるのは不可能だ。
目の前にいる男を見て、おまえは気がつかないのか。
簡単に辞められないから俺はこんなところでおまえと話しているんだ。
染まった人間がその色を落とすには、大きな代償がいる。
気がついたときにはもう遅いのだと。
「なんすかツナギさん? ぜんぜん飲んでないじゃないっすか。飲んでくださいよ。オレの奢りなんすから」
上機嫌の男に頷きながら、俺はただ酒を飲み続けた。
了
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