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02
金を渡された俺は、当然これを届けに行かねばならない。
うちの半グレのリーダーである人物にだ。
スマートフォンでメッセージを送り、御茶ノ水の楽器屋で待ち合わせをすることになった。
その楽器屋は何度か行ったことがあるリーダーの店のひとつだ。
電車で移動し、途中で総武線に乗り換えて到着。
平日の昼間だというのに、やはり都内は人が多い。
正直うんざりするが、しょうがないことだ。
「よう、ツナギ。やっぱ早いな、おまえ。まだ十分前だぞ」
雑居ビルの地下にある楽器屋には、見るからに壊れていそうなエレキギターやドラムセットが乱雑に置かれており、奥には店員の男と組織リーダーがいた。
リーダーは三十代前半ほどに見える顔の整った女。
だが、年齢の話になると怒り出すので、部下たちの間では彼女の前でその話は禁止になっている。
上下セットアップのパンツスーツを着ているリーダーの女は、俺を見るなり近寄ってきて肩を叩いてきた。
「なんだよその顔、楽器屋は嫌だったか? おまえ、若いときバンドやってたじゃん。この大量についたピアスとか、隠してるタトゥーとかはその名残だろ」
リーダーの女は、そう言いながら俺の体を触ってくる。
長い黒髪を顔に押しつけ、いやらしく、まるで愛撫でもするかように撫でていると、突然思いっきり爪を立ててきた。
その痛みで思わず声が出た俺を見て、彼女は満足そうに笑っている。
「これで四十超えてるとは思えないよな。いやいや、いいもん拾ったよ、アタシは」
「金……回収してきたよ」
俺が何事もなかったかのように金を渡すと、リーダーの女は苦い顔で金を数え始めた。
「少ないねぇ。これもカタギの連中のせいだよな。コロナ対策で国が出した給付金をもらおうと誰彼お構いなく詐欺を始めて、書類づくりとかを手伝って給付金の五割ぐらいを手数料で持っていくんだからね。本来は公金詐欺はうちらの分野だったけど、連中は国家権力に目をつけられてないぶんこっちよりも動きが早いもんな。なんだか横からかっさられちまった気分だよ」
警察は2021年4月から特殊詐欺の所管を、これまでの捜査2課から組対の暴力団対策課に移した。
このことで半グレは、完全に暴力団と同じように扱われるようになった。
リーダーの女もまた、他の半グレ組織と同じように、警察から目をつけられているのだろう。
彼女はその話を終えると、今度は仕事の話を始める。
「やっぱ単独でやるか、ジョブごとにチームをつくり替えるかだな。繋がりがなければ、それを暴対が追い切れないだろうし。警察にそれだけの頭はないしね」
何をやっても自分まで知られることはない。
警察は、永遠に新しく作られていく受け子、出し子などを下っ端のチームを捕まえていくだけだと、リーダーの女は言った。
「でも、うちらが暴力団と一緒の扱いというのは迷惑だよな。アタシはヤクザほど頭が悪くないから半グレをやっているわけで、これまで連中とシノギで組んだこともないし。むしろカタギじゃね、アタシ?」
ここからは彼女の愚痴になった。
こうなったのは一部の連中が暴力団の傘下に入ったからだ。
バカな半グレがシノギのやり方を暴力団に教えてしまった。
だから組対は特殊詐欺をやってる連中に手を出しやすくなったし、オレオレ詐欺は暴力団の資金源になっている。
被害者は組長の使用者責任という法概念を使って損害賠償請求訴訟ができるようになってしまった。
「それでも、捕まるのは受け子と出し子で、あとは電話のかけ子くらいだろうけどねぇ。まあ、現状じゃ一番安全に稼げる仕事だから、次にいけないってのもあるよな。うちも余所も」
半グレの世界も沈滞しながら、ゆっくり落ちているようだ。
この様子だと、うちも長くはない。
だが、たとえ組織が潰れようが、この女は俺を解放してはくれないだろう。
俺は、過去に懇意だった暴力団が潰されたとき、その組と敵対していたヤクザの娘の犬にされた。
その後、ヤクザの娘が目の前にいる半グレ女と揉めて海外に逃げた。
それからは現在のように、この女の半グレ組織で連絡係と金の回収をやらされている。
ちなみに給料は月五万円。
他にも交通費と通信費、家賃や光熱費は払ってもらっている。
今着ているこの黒いツナギも女がくれたもので、いつも着ているせいか、いつの間にか周りからはツナギと呼ばれるようになった。
命があるだけでも運がいいのかもしれないが、基本的に裏社会の人間は、余程のことがない限り人を殺さない。
それは単純に、コストパフォーマンスが悪いからだ。
金も時間も使うわりに得られるものが少ない。
だったら脅して使ってやったほうがいい。
そう考える人間は多い。
この女もそういう人間だった。
それでも、五体満足でいられるのは幸運だったかもしれない。
普通なら見せしめに耳のひとつでもそぎ落とすか、ヤクザならば古典的な落とし前として小指を落とす。
だが、目の前にいる半グレ女のリーダーは、そうはしなかった。
それは、この女が俺のことを気に入っているからだった。
「そういえばごめん。今夜はうちに来るの中止ね。急な仕事が入っちゃってさぁ。アタシがいないとまとまんねぇってことで、行かなきゃいけなくて」
女は、まるで恋人にでも謝るようにオーバーアクションで謝ってきた。
今夜は彼女の自宅に招かれていたのだが、急遽キャンセルになったようだ。
俺は気にしなくていいと返事をすると、残りのチームからも金を回収しに行くと言って、楽器屋を出ていった。
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