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01
都内にある雑居ビルの一室に入ると、中で男が電話をしていた。
蛍光色のスニーカーにダメージスキニーパンツを履き、派手な柄のパーカーを着ている若い男だ。
何やら苛立ちながら声を荒げているところを見るに、クレームでも受けているのだろうか。
俺は声をかけてはいけないと思い、その場で足を止めた。
若い男は、俺が入ってきたことに気がついて、笑みを浮かべて小さく頭を下げると、急に声を荒げる。
「あーもう! そしたらもうこっちでは対応しませんので、運営会社から請求が来たら自分で対応してください!」
若い男は乱暴に電話を切ると、うんざりした顔をして声をかけてくる。
「ちょっと聞いてくださいよ、ツナギさん。今日でもう五回目なんすよ。いい加減に電話とるのも嫌になってきました」
それから若い男は、俺に愚痴を言い始めた。
なんでもこのところユーチューバーによる架空請求業者の撃退動画が流行っているようで、その的にされているのだとか。
この話からわかる通り、俺とこの若い男は、架空請求――いわゆるネット詐欺ビジネスをやっている。
電話をとっていた男は、最近SNSで募集していた闇バイトに応募してきた十代後半くらいの若者だ。
他にも何人かいて、俺はいくつかいるチームと上の連絡係をやらされている。
要するに、俺もこいつも半グレ組織の下っ端というわけだ。
「そいつは大変だね。それで、他の子たちはどうしたの?」
「ああ、あいつらは今外出てます」
「受け子? 出し子?」
「両方っすよ」
今、会話に出てきた受け子とは、詐欺をして金を騙して取る相手から、直接現金やキャッシュカードなどを受け取る役割を指す。
他にも、宅配便などで配送されてきた現金を受け取ることもあるが、うちのチームは活動期間が短いため、それらはやっていない。
そして、出し子のほうは、取ったキャッシュカードでATMなどから現金を引き出す役だ。
ちなみに外に出てる連中も、目の前にいる男と同じくSNSで雇った一般市民である。
説明を終えた若い男は椅子から立ち上がると、コンビニの袋を出して食事を始め出した。
温めてもらってまだ時間が経っていなかったのだろう。
開封すると、牛カルビの匂いが部屋を満たしていく。
「うめぇ! やっぱ仕事の後のメシは最高っすね!」
「仕事はまだ終わってないと思うけど」
「固いこと言わないでくださいよ。お昼休憩だって立派な仕事の後なんすから」
口に肉と白飯をかき込み、頬を膨らませながら喋る若い男。
くっちゃくっちゃと音を立てるのが不快だったが、注意するのも面倒だと思ってやめておく。
「ねえ、ツナギさん。こんな状況っすけど、ちゃんと給料もらえるんっすかね?」
若い男は、牛カルビ弁当と一緒に買ったと思われるペットボトルのコーラを飲みながら、言いづらそうに訊ねてくる。
その態度から、今日が特別というわけではなく、先ほど受けていたユーチューバーの電話がこのところ多いことがわかる。
半グレの代表的なシノギだったオレオレ詐欺など特殊詐欺の被害件数は、年々減少傾向にあった。
実際、過去に半グレ犯罪で太く稼いできたうちのリーダーの話では、最近は他の組織の稼ぎも下がっているようだ。
だが、それに代わる新しいシノギが出てこない。
誰もノウハウを思いつかない。
数年前こそ金塊密輸で消費税をくすねるなどのやり方で盛り返したが、その後のヒット商法がない。
一時期、ソフトヤミ金や給与ファクタリングがまた有望になったこともあったが、これもすぐ闇金だと摘発を食らった。
警察の対応が早すぎて、稼げるビジネスもすぐに蓋をされてしまう。
仮想通貨も大手の金融業者が乗り出しているから、以前のようなうまみがない。
その上、これまで半グレ組織がやっていたシノギに、暴力団が乗り出してきて足を引っ張っているのが現状だ。
「そこらへんは大丈夫だよ。金はちゃんと出るから。うちのリーダーはそういうところはキッチリしているし」
「そうすっか! よかったよかった。いや、別に疑ってたわけじゃないんすけどね。なんか以前よりも素直に払おうとするヤツが減ってきてて」
若い男がホッと胸を撫で下ろす。
心配せずとも、給料を払わないはずがない。
金をもらえば共犯になる。
捕まったときに、言われてやっただけと叫んでも、騙し取った金銭を自分の懐に入れた時点でもう半グレの仲間と同じなのだ。
これは今後の脅しの道具にもなる。
おまえは特殊詐欺をやっていたのだ、自分たちが捕まればおまえも捕まるのだと。
つまりは受け取った時点で犯罪者だということを、若い男はわかっていないように見えた。
若い男が安心していると、外に出ていた連中が戻って来た。
ふたりは俺に軽く挨拶をすると、出してきた金と受け取ったキャッシュカードと暗証番号の書いた紙を渡してきた。
外に出ていたふたりは、電話を受けた男と違って真面目で大人しそうな子たちだった。
きっと何かどうしても金が必要な理由があったのか、それとも流されてそのまま仕事を受けてしまったのか。
どちらにしても俺には関係のないことだ。
「ご苦労様です。じゃあ金も受け取ったし、俺はもう行くから。みんな、あんまり無理しないで。夜にまた来るからね」
「マジで!? ツナギさんもういっちゃうんすか!?」
俺は、喚く若い男に適当に手を振り、回収した金を持って事務所を出る。
閉めたドアからはまだ声が聞こえていて、その大きさに呆れながら、そのまま雑居ビルを後にした。
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