シグマ自動車工業会社

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シグマ自動車工業会社

「見た? ……って、あんた」 拓郎が何か言おうとした、その時。 『ドコドコドコドコ』と太鼓が鳴り響いた。夜ゆるのオープニングは小気味いいパーカッションとスポンサー企業の紹介で始まる。 『ドンタカ! ドンタカ♪ タタンタタンタン!単車乗るならタンホイザー』 シグマ自動車工業の125ccバイク「タンホイザーSG」のCMだ。歴代マスクヒーローの愛車として採用されている。「どうだ? 花は咲いたか?」 アフェフェは真剣な表情で拓郎の背後を覗き込む。代わりに爆炎が咲いた。 反対側の窓を蹴破って重武装の黒づくめが侵入してきたのだ。火星晶が舌打ちするとブローニングハイパワーを構えた。 とっさにアフェフェがラックを倒した。地鳴りを立ててラッパが雪崩落ちる。 消火器がまかれ視界が粉だらけになった。 闖入者のFN FALが火を噴く。7.62x51mm NATO弾が箱型弾倉に50発ずつ。撃ち尽くすまで止まない。 もうもうとたちこめるなか、「拓郎、拓郎」と呼ぶ声がする。 ぐったりした男をアフェフェが背負い美奈代がしんがりをつとめる。 「搬入用エレベーターは制圧されてるだろう。ヘリポートがある」 アフェフェが非常扉の鍵を開けた。外付け階段が空に向かって傾斜している。 「冴羽、冴羽はどこ?」 美奈代はなるべく天をあおいだ。月あかりに冷たく光るステップ。闇が高低差を隠してくれる。「ギャッ」と火星の悲鳴がした。ヴォゴン!ガカシャン!! 硬くて短い重金属音がはぜる。「晶!」と掛ける声が銃撃戦に上書きされる。 ズ・ヴァゴン!……グガン!!グガン!!爆弾パンチで殴れば鉄板で撃ち返す。そんな鉄火が窓を瞬かせる。火星は残り少ない命を捧げてくれている。 美奈代は睫を風で梳かしつつ階段を駆け上がる。屋上にヘリが浮いていた。 アンチマテリアルライフルを構えた射手が身を乗り出している。 美奈代は真下に駆け寄った。早く縄梯子を投げてくれ。そんな身振りをする。 しかしアフェフェが立ちふさがった。狙撃手もかぶりを振っている。なぜ? 代わりに銃口が屋上の隅を示す。タンホイザーSGが二台。鍵がついている。 「えっ?」 美奈代は目を疑った。アフェフェが拓郎を背負ったままたがり、走り出す。 ヘッドライトが闇を暴く。綿埃が夜の社交ダンスを快楽(たの)しんでいた。 「ちょっと待ってよ」美奈代も見よう見まねでキック。エンジンがかかった。 同時にヘリがのけぞるように遠ざかっていく。すると街のあちこちからパアッと火柱がほとばしった。まるで放水銃だ。一点に集中して燃える鳥籠を作る。 そんなハプニングショーを鑑賞している暇はなかった。アフェフェのバイクは階段を駆け下りる。激しく揺れるテールランプだけが頼りだ。もちろん美奈代にバイク免許はない。どころか転倒せずモトクロッサー顔負けののりこなし。とても火事場の馬鹿力とは思えない。タイヤが接地する頃やっと罵声がした。 裏の駐車場にCSK-131猛士装甲車が三両あった。旧ナイジェリア陸軍の装甲車。東風汽車製。襲撃グループのバックに中国がいる。 アフェフェと美奈代はそれをあえて縫うように走る。表玄関には闖入者がいる。定石では屋上から侵入して挟撃する。だがアフェフェは意表を突いた。 ようやくCSK-131がうごめき始めた。 「遅いッ!」 アフェフェは勝者の笑みを浮かべるとバイクを左に傾けた。美奈代も追う。 装甲車は東風のような加速で猛追してきたがドカンと光って側転した。 オレンジの業火が後続車を焼き、空中三回転を強いて、粉々に爆散させた。 先ほどのヘリが火力投射している。 スウィングファイア対戦車ミサイル。英国製の旧式だが有線誘導式で確実だ。 ドガッ、ドガッとえぐるような爆音が続き、ビル周辺に人の気配が消えた。 「わー-はっはっはっは!」 アフェフェは勝ち誇ったように腕を振り上げる。 「私たち、助かったの?」 美奈代は半信半疑だ。 「死んどる。ポックリ、死んどる」 「あのヘリが助けてくれたの?」 「そうじゃ。ことごとく死んどる。すべからく死んどる。奇麗サッパリ死んどる。一網打尽に死んどる。あっけなく死んどる。完全無欠に死んどる!」 「こっちはとっくに死んでるわよ」 擦過創だらけの晶が出てきた、髪は半ば焼け焦げ身に着けているものは急所をわずかに覆うボロ布。靴は履いていない。 「あなた!」 美奈代は涙をうかべて晶に飛びついた。「夫を守ってくれてありがとう」 晶は郷里においてきた内縁のに申し訳なく思いつつも受け入れた。 「そういえば、遼子がいないんだけど?」 火星晶は美奈代を遠ざけるように話題を変えた。 「ん……何がどうなってるか知らんが、言われてみればそうだ」 いつの間にか拓郎が参加している。 「おおっ、気づいたか。それで、花は見えたのか?」 アフェフェは拓郎をロープから解放した。 「こんなもん周到に準備してるアンタこそ脳が開花してんじゃないか」 拓郎は袖のホコリを払う。 「で?」 長老は興味津々だ。拓郎は周囲を警戒して身をかがめた。 そして声を潜めていう。 「ああーっと……」 後ろ向きに転倒した。そのままロープごと引きずられていく。 「冴羽!」 火星がビキニ姿のまま裸足でおいかける。 だが奪ったタンホイザーはスロットルを吹かして拓郎ごと深い闇に消えていった。 「バッキャロー」 火星の説教が乾いた風に流されていった。 「これで敵がはっきりしたわ」 「心当たりがあるの。美奈代」 「大ありよ。シグマ自動車工業。あの女はナイジェリア現地法人から旭日に派遣されていた。晶は知らないでしょうけど」 そこへアフェフェが口を挟んだ。「するとニジェール・デルタか!」
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