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そんな簡単に行くものだろうか。そうは思ったが、少なくとも桂木先生のおかげで少し気持ちが落ち着いたのは事実だった。
よくよく観察してみると、藍子ちゃんが自分で描いた絵と、他の人の絵を塗ってしまった場合では大きな違いがある。自分の絵はどこもかしこもピンクで染めるのに、他の子の絵の場合は一番広いスペースをピンクで塗るくらいに留めている。先日泣かせてしまった子は空があいていたために、一面ピンクで塗られてしまった印象が強かっただけだ。
ひょっとしたら、それにもまた彼女なりの事情や考えがあるのかもしれない。自分はとにかく“他人の絵に落書きするなんて!”という倫理観から、ひたすら叱ることばかりしてしまっていたが。
「藍子ちゃん、ちょっといい?」
「!」
ある日の自由時間。藍子ちゃんが画用紙を持っているのを見て、私は彼女に声をかけたのだった。先日叱られたばかりだからだろう、彼女は露骨に身構えている。一歩後ろに引いた彼女を見て、警戒させないようにと少し優しい声を作って私は尋ねた。
「ずっと思ってたんだけど……藍子ちゃんのリボン、かわいいね。お母さんがいつも結ってくれるの?」
「!!」
また怒られるわけではなさそうだ、と思ったのか。あるいはお気に入りのリボンに触れられたのが嬉しかったのか。藍子ちゃんは目を見開いて、それからこくんと頷いた。
「キラキラしてて綺麗だなーって思ってたのよ。ピンク色が好きなのかしら?」
「う」
「スカートもピンクね。藍子ちゃん、ピンクが本当に似合っていると思うわ」
「う、う!」
ぱあっ、と藍子ちゃんの顔が明るくなった。そしてクレヨンを持ってくると、私の裾をひっぱってテーブルの方に誘導する。
そして、その場で画用紙に女の子の絵を描き始めた。ピンクのワンピースを着た、ピンクのリボンの女の子。藍子ちゃんだ、とすぐにわかった。
「……おばあちゃんが、言ってくれた。あいこ、ピンクがにあうって」
そして、絵を見せながら私に言ったのである。
「あいこ、うれしいから。ピンクは、だいすきだから。みんなを、しあわせにするいろだから、ぜんぶぴんくがいいとおもって」
「うん」
「だから、みんなにも、ぴんくをあげようって。……なのに、ミカちゃんも、レナちゃんも、カイトくんも、みんなないちゃって。あいこ、なんでかわからなくて」
「……そうだったのね」
たどたどしくも、彼女はちゃんと事情を説明してくれた。思えば、彼女は他の人の絵を勝手にピンクに塗るものの、他の人の絵を塗りつぶすような真似はしてこなかった。あくまで、あいたスペースに勝手にピンクを塗る、だけである。無論それもそれで、塗られた子には大迷惑だったのだろうが。
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