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「藍子ちゃんにとって、ピンクは幸せの色だから。他の子の絵にも塗ってあげたら、きっと喜ぶと思ってそうしたのね?……ごめんね、何も知らないでいつも怒ったりして」
私がそう言うと、藍子ちゃんはふるふると首を横に振った。
子供達には、子供達なりの信念があり、事情がある。幼稚園の先生になると決めた時、私はちゃんとそれを理解していたはずだった。
いつからだろう。忙しさにかまけて、彼等、彼女等の心一つ一つに向き合うことを忘れていたのは。
「ねえ、藍子ちゃん。世界には、いろんな色があるでしょう?クレヨンも同じ。どうして、いろんな色があるのか知ってる?」
「……ううん」
「それはね。人にとって幸せになれる色が違うからなの。それに、その時の気持ちにもよって変わってくるのよ。藍子ちゃんにとってピンクはいつでも欲しい色なのかもしれないけれど、他の子にとってはピンク以外の色の方が幸せになれる時もあるのね。そういう時に、藍子ちゃんにピンクで塗られてしまうと、相手の子は困ってしまうの」
「……ぴんくは、だめなの?」
「駄目じゃないわ。でも……ピンクだけが幸せの色なのだとしたら。クレヨンに、あんなにたくさんの色がある必要はないと思わない?空も、動物も、森も、みんなピンクでいいはずよね」
「……うん」
いろいろな色がある理由は、どうしてなのか。子供達に、子供達がわかる形で説明するのはとても難しい。正直、私もどこまで彼女を納得させられたのかあまり自信はなかった。
それでもこれだけはわかる。今の彼女達に必要なのは小難しい科学ではなく、それぞれの心に寄り添った言葉であるのだと。
「……今度から、ぴんくに塗ってあげたいと思ったら。お友達に尋ねてみるのはどうかしら。塗ってもいい?って。それで、いいよって言ってもらえたら塗らせてもらうのはどう?」
他人の絵を塗るのはだめ、と一概に否定してはいけない。
彼女が、幸せをおすそ分けしたいと思う気持ちは大切にするべきなのだから。
「……わかった、そうする」
藍子ちゃんはこくりと頷いて言ったのだった。
「じゃあ、せんせいも、ぴんくにぬっていいものがあったら言ってね」
「ええ、勿論そうするわ」
発展途上の、まだまだ未熟な先生が子供達から教わることはたくさんある。
何故、世界に虹があるのか。
幸せの色は、みんな違ってみんないい。
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