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「まあ、適当に腰かけてくれ」
ガスパチョの研究室に案内されたジャスミンは、研究資料や書物の山が散乱する床の上を、足の踏み場を探しながら歩き、ソファまでたどり着いた。
ガスパチョは卓上の装置を操作して、ガラスの仕切りにスモークを張った。フロア内にいる他の研究員の目を遮るためだ。
コーヒーでいいな、と彼が訊いた。ジャスミンは頷いた。
「杖の調子はどうだ?」
インスタントコーヒーの入ったマグカップを手渡しながら、ガスパチョが尋ねてくる。
「悪くないねえ。自分の手足のように馴染んでるよ」
ジャスミンは、かわいい我が子にそうするように、魔杖を撫でた。
「ま、当然だよな。高い金をかけて俺がカスタムした一品もんだ。そんじょそこらの杖とは訳が違う」
「んで、ボクが試作品のデータ収集とデバッグをして、君の研究の一助となっているわけだ」
ジャスミンはコーヒーをひと口すすった。インスタントらしい一定の品質を保証された無難な味だ。
「どんな言葉で取り繕おうとも、結局、やってることはモルモットなのさ」
「そこは善意と捉えられないのか、ジャスミン? 俺たち研究者が、魔杖の新作を編み出せるのは、お前の陰ながらの働きあってこそだ」
ガスパチョは魔杖開発の第一人者だった。彼らは、魔杖技師と呼ばれている。
魔術師が、魔法を放つのに必要不可欠な、魔杖を含めた魔導装置は、彼らの研究の結晶だ。その功績とたゆまぬ努力が、今日までの魔術師を支えていると言っても過言ではない。
ガスパチョは、魔法の腕前こそ平凡だが、深い知識と明晰な頭脳の持ち主だ。同時に、エルフが幅を利かせる魔術師協会で、ジャスミンにとっては数少ない同族でもある。付き合いも長い。二人は互いに深い信頼を寄せていた。
「なら、もっと目に見える形で還元してもらいたいものだ」
ガスパチョは、待ってました、と言わんばかりの表情をした。
「そう言うと思ってな──」
彼は魔杖ラックに掛けてあった、魔杖の一本を差し出した。
「こいつが感謝の印だ。今お前が使ってるやつの改良型さ。無料でくれてやる」
新品の魔杖に、ジャスミンは感嘆を漏らす。
全長は今の杖とほぼ同じ、軽量にて堅牢な作り、それでいて振り回すのにも丁度良い適度な重量を感じられる。羅針盤を模した先端には──
「このムーンストーン、綺麗だねぇ……」
はめられた宝珠は、月光に照らされた湖面のような透き通った青をしていた。
「この子の名前は?」
「“イティ・モナマザフ”」
古いエルフの言葉だ。確か、意味は、
「──“我、狭間の道を歩まん”か……。
ボクにぴったりだ。お前は素敵な名前をもらったね」
「お気に召したようでなによりだ」
ガスパチョは、煙草に火をつけ、一服したところで切り出した。
「さて、こっからが本題だ」
手渡されたのは、表紙に『極秘』と書かれたファイルだ。
「これって、ヤな仕事?」
「あぁ、ヤな仕事だ」
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