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守の背を追い、辿り着いたのは大温室の入口だった。
「皆にはここに集合するように言って……って、森山くん大丈夫?」
「な、何がですか? 大丈夫ですけど」
内心戸惑った。自分の声が上ずっている。俺は小刻みに震える膝を押さえた。
「そうか。さっき君が倒れていたのって、確かこの辺だったよね?」
守は歩み寄ってくる。
「嫌なこと、思い出させてしまったかな。僕の配慮が足りてなかった、ごめんね」
「いえいえ! 俺の方こそこんなで本当にすみません……」
俺の肩に守は優しく手を置いた。
「だから気にしないで良いってば。それよりもさ」
守は俺の顔を覗き込んでくる。
「何でさっき倒れてたの? 貧血? それとも持病持ち? どちらかといえば、君は健康そうに見えるけど」
食い気味に寄られ、一歩引いた。
「違います。おっしゃる通り、俺は健康だけが取り柄で体は頑丈です。さっきはその」
もう一人の自分が現れて、何て言ったら、頭がおかしいと思われるだろうな。
「温室の暑さについフラッとなっちゃって、それで」
「気を失ってしまった? それとも」
守は一呼吸置くと、言った。
「得体の知れない何者かが、君を呼んだ?」
二の腕に鳥肌が立った。全てを見透かすような守の瞳に、怯えた俺が映り込んでいる。
「あの、園長。俺、実は」
「なーんてね!」
守は底抜けに明るい声でおどけた。俺は肩をビクつかせる。
「きっと単なる熱中症だよ。いや、熱中症をなめちゃだめだな。水分補給しっかりね!」
親指を立てる守に、俺は呆気にとられる。
「は、はい。分かりました」
「あと、もう一つ」
守は急に声のトーンを落とした。
「植物達の声に、惑わされちゃだめだよ」
守は踵を返し、大温室へと入っていった。
「待って下さい! どういう意味ですか?」
守は返事もせず、歩く速度を上げていく。見失わないように、俺は慌ててその背中を追いかけるも、
「あれ……?」
気付けば一人になっていた。
「園長? 園長!」
叫びは新緑の世界に吸い込まれて消える。
不気味なほどの静寂に包まれた辺りを見渡して守を捜すが、姿は見えない。
――待ってくれ。これってまさか、さっきの悪夢みたいに……。
底知れぬ恐怖に足が揺らぎ始めた、その時だった。
肩を二度叩かれる感触がした。俺は一瞬
息を呑み、大きく吐き出す。
「園長、驚かさないで下さいよ……てっきり俺、置いていかれた」
振り返る俺の言葉が途切れた。目の前に立っていたのは園長ではなく、自分の背丈をゆうに超えるサボテンだった。丸太を連想させる太い柱から左右に伸びる二つの筒。緑色の茎の様子は、まるで、人間がバンザイをしているかのような出で立ちだった。
「えーっと」
俺はわざとらしく掌を拳で打った。
「分かりました! さては園長、俺を試してるんですね? まずはこの温室で迷わないように、わざと隠れて」
「お前さっきから何ブツブツ言ってんの?」
突然降ってきた声に、飛び上がりそうになる。
「だ、誰ですか!?」
「いやいや、目の前にいんのに、誰ですかはねーだろ」
苛立ちを含む口調に目を瞬かせた。
「目の前って、え、まさか?」
サボテンを凝視した。特に変化は見られない。
「……サボテンが話して動くなんて、そんなわけ」
「あるに決まってんだろ!」
俺の言葉に被せるように、サボテンが揺れ動いた。
「うわっ!」
俺は腰が抜けた。
サボテンが「フンっ!」力みながら、地面から抜け出す。
「何だよ。新しい同僚ってまさかこいつかぁ?」
無数の根が絡み合ってできた二つの束で立つと、サボテンは見下ろしてくる。
「マワリが言うほど、骨のある奴には見えねぇじゃん」
尻もちを着いたまま後ずさる俺の手に、柔らかいものが触れる。
「痛いっ」
「すっ、すみません!」
咄嗟に手を引っ込めた俺は目を見張った。赤地に紫の水玉模様が浮かんだ大きな笠が、地面にうずくまり、震えていた。
「僕らキノコの存在感が薄いからって、押しつけるなんてひどいよ……」
言葉を失っていると、
「コノキは相変わらずいくじがないわね」
気配を感じ、首を捻った。いつの間にかすぐ隣に、奇抜な髪色をした少女が立っていた。
「だからジメジメしてるって、皆からイジメられんのよ」
腕を組む少女に俺は釘付けになった。カールする毛先から、何やら袋がぶら下がっていた。袋は奇妙な形をしており、一つひとつ大きさも色も違っていた。
「ちょっとあんた、何ガン見してんのよ?」
少女に睨まれ、目をそらした。
「い、いや。別に見てないですよ?」
「嘘! 絶対見てた! 何なの? 私に文句でもあるの?」
「その子、カズラちゃんに興味があるんじゃないー?」
「はぁ? そんなわけないじゃん! マワリは黙ってて!」
間延びした声に、カズラと呼ばれた少女は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そう? カズラちゃん可愛いからそうなのかなーって」
カズラの視線の先を追った僕は言葉を失った。ふわふわとした足取りで俺に近づいてきたのは、
「ねぇ? ぼくぅ?」
満開のヒマワリだった。ヒマワリはサボテンのように絡ませた根で器用に立っている。
「マワリが聞いてんだから答えろよ、新人」
右からサボテンが。
「無理強いは良くないんじゃないかな……」
後ろからコノキと言う名のキノコが。
「はっきり言うけど、私、あんたみたいなのお断りだからね!」
左から奇抜な髪を振りまくカズラが。
「緊張しないで大丈夫だからねぇ」
前から穏やかな声を出すヒマワリ、マワリが――。
「ああ! ごめんね森山くん! つい置いてけぼりに」
再び俺の視界が真っ暗になった。
駆け寄ってきた園長の言葉を聞き終えるまで、意識を保ち続けることは不可能だった。
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