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何かが地面を転がってきた。
野球ボールぐらいの大きさの茶色い物体。それが俺のつま先に当たって止まり、小刻みに震え始めた。
「何だこれ?」
表面に亀裂が走る。隙間から愛らしい双葉が顔を出した、かと思うと、勢いよく外へと伸びだした。
「うわっ!」
俺は尻もちをついた。物体からはとめどなく溢れ出る真緑色のツルが、一つに纏まっていく。
「嘘だろ、こんなことって」
目を見開いた。
短髪に太い眉。小柄ながら筋肉質な体つき。こちらを見下ろすように立っていたのは、俺自身だった。全身の色が緑色ということだけを除けば、完全に俺の生き写しだ。まるで鏡を見ているかのような錯覚に陥る。
「そんな馬鹿な……」
震えるような声を出す俺に、緑色の俺は手を差し伸べてきた。優しさに満ちた表情を浮かべながら、こちらの顔を覗き込んでくる。
伸ばしかけた手を宙で止め、躊躇った。
正直相手から、と言っても自分だけど、敵意は感じない。だけど何だろう、上手く言えないけど、ものすごく嫌な予感が――。
思考に割り込むかのように、突然緑色の俺は強引に俺の腕を掴んだ。
「ちょっと待っ!」
無理矢理立たされたあと、周りの景色が高速で後ろに流れ始めた。自分の腕を握りしめたまま、緑色の俺が信じられない速度で走り出す。
「止まれ、止まれって!」
叫ぶ俺など意に介さず、緑色の俺はさらにスピードを上げる。
「まじで頼むから! このままじゃ死んで」
言いかけて気づいた。平気だ。ものすごい速さで移動しているわりに、全然息苦しくない。何より不思議なのは、障害物だらけのこのジャングルのような世界で、なぜ一度もぶつからない?
「お前は何者なんだ?」
俺の問いかけに、緑色の俺は足を止めた。
静止する世界。俺は生唾を飲み込む。緑色の俺は振り返った。
「俺はお前だ」
緑色の俺の声が辺りに響き渡る。共鳴するかのように、心臓が大きく脈打つ。
「何だと? それはどういう意味だ?」
再び緑色の俺は口を開いた。
「お前は俺ということだ、当然だろ?」
緑色の俺の言葉を合図に、世界が大きく揺らいだ。バランスを崩し、近くの木に寄りかかる。
「次は一体何が起こって……」
俺は絶句してしまった。目の前に広がっていたのは、信じられない光景だった。
無数の木々や花、立て看板にガラス窓。
大温室中に散りばめられていたあらゆるものが、まるで津波にさらわれるかのように、波打つ地面ごとかき混ぜられ、渦巻いていた。怒り狂う大海を連想させる地獄絵図が迫る中、俺は声を張り上げた。
「お前の仕業なのか!?」
辺りを見渡すも、緑色の俺の姿はどこにもなかった。戸惑う暇もなく、衝撃により崩落していく足場から俺は落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
奈落の底へと飲み込まれ、光が遠ざかっていく刹那、俺の耳元で誰かが囁く。
『おかえり』
待ち受ける未来に対し、期待と不安が入り混じったような、どこか調子のズレた響き。
紛れもない、俺自身の声だった。
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