甘くて、あまい

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 甘いにおいが鼻腔に飛び込んだ。  中川の机には俺がさっき飲んだのと同じエナジードリンクの缶が置かれているが、よく見るとロゴマークの色が違う。俺のは緑がかったイエローだが、彼のは青……抜けるような濃く鮮やかな青なのだ。 「それ、新商品?」  中川は手を止めて振り向いた。相変わらず不機嫌そうな表情だが、整った顔立ちのせいかそれなりに目を引く。 「前から売ってるけど」  無愛想な返答でも俺はめげなかった。 「えー、見たことねえよ。コンビニ?」 「大通り渡ったところのドラッグストア」 「何味?ラムネ?」  ロゴが青だからちょっとふざけてみた。なみに俺のはグレープフルーツ風味で酸味と炭酸が強めなのだ。 「まさか。カロリーハーフなだけ。味は普通のと同じ」 「ハーフってことは甘さ控え目?」 「さあ」  中川はむすっとした表情は変えずに缶を俺に押し付けてきた。 「飲んでみればわかるだろ」  既に開封されている缶は縁に黄色い液体がちょっとだけついている。要するに飲みかけなのだが、俺は嫌な気分になるというよりは胸が高鳴るような感覚だった。遠慮すると逆に失礼かなと思い、口をつける。 「あ、確かにあまり甘くないかも」 「ああ」  そっけない返事をした中川は俺から缶をひったくって中身を飲み干した。開封してから時間が経っているせいか炭酸が抜けてぬるくなり、いくらカロリーハーフでも、粘っこい糖分が喉に絡まってきた。 「カロリーハーフだとブドウ糖の量も少ないのかな」 「俺はカフェインがあればいいから」  俺のくだらない問いかけをばっさり切り捨てると、中川はふたたびパソコンに向かった。時計に目をやるとそろそろ日付が替わろうとしている。最近の発注増のせいで、タクシーでの帰宅も月5回までは許可されているが、今月はあと10日以上あるのに俺はもう上限まで乗ってしまっている。そろそろ帰り支度をしないと終電に間に合わないが、作業が中途半端な状態だし、中川の方はまだ切り上げる気配がない。 「中川……まだ帰らない?」 「あと1時間はやる」 「そっか」  中川を置いて帰るのは気がひけるが、タクシーを使ったら諭吉とはいかなくても一葉ひとりでは足りない。残業続きのストレスなのか、通販で掃除機や空気清浄機を買ってしまってクレカの限度額もヤバいのだ。 「俺も作業進めたいけど、帰れなくなるからさ……」  言い訳がましいなと思いながら俺はパソコンをシャットダウンしようとした。明日も同じくらい残業しなければいけないだろう。肩と眼がずんと重くなった。 「坂口、最寄駅どこ?」  中川はモニターから目を離さずに訊ねた。 「……あ、南阿佐ケ谷」 「青梅街道で降りるのでよければ、相乗りしてもいいけど。俺の家、その先だから」 「マジ?」  中川はこちらに目もくれないが、俺を騙しても何の得にもならないから、多分本気で言ってくれているのだろう。 「めちゃくちゃ助かる!今日はとことん付き合うから」  俺は全力で感謝を伝えたが、逆効果だったらしい。 「なら駄弁(だべ)ってないで切りのいいところまでやれよ」  冷たい目で睨まれたりするならまだしも、顔を向けてくれさえしなかった。 「すみません……」
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