甘くて、あまい

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 俺はふたたび試作ソフトを立ち上げて、バグを見つけるためのテストを再開した。単純作業ではあるが注意力が要求される。それにしても中川って意外にいい奴じゃないか。見直した。これまでの塩対応が嘘みたいだ。  でも、これまで奴が無愛想だったのは事実なんだよな。  あまり集中できないまま俺は作業を続けていた。  背後で中川がキーボードを叩く音が聞こえる。どうしても中川のことが意識から抜けないでいるうちに、急にある記憶が蘇った。    いつのことだっただろう。年の近い男ばかり10人ほどで飲みに行ったときのことだ。俺は誘われて参加したのだが、そのメンバーに中川もいた。というか、右隣にいた。しかし何を話したらいいかよくわからず、俺は左隣や向かいの席の奴とばかり話していた。中川とも多少は言葉を交わしたと思うが、よく覚えていない。  その程度のやり取りだったのに、飲み放題90分が終わって店を出たところで、なんと中川の方から声を掛けてきた。 「このあともう一軒行かない?」  唐突に誘われ、俺は中川の脇や背後に誰かいないか思わず見回してしまった。 「えっと、何人で?」 「いや、ふたり……」  多分俺はもの凄く驚いた顔をしていたのだろう。中川は決まり悪そうに視線をそらした。さっきまでいた店でほとんど喋っていなかったのに、なぜ俺なのか。  その時、普段から昼飯に行く程度に仲の良い鈴木が後ろから俺の肩を抱いた。 「おーい、二次会行こうよ。林と斎藤も行くからさ」 「ああ……」  俺は中川を見た。 「一緒にいかない?」  軽く誘ったつもりが中川は急に険しい表情になって、 「遠慮しとく」 と言うと、踵を返してさっさと駅の方へ歩いて行ってしまった。 「あいつ、どうしたんだ?」  鈴木が訝しげに訊ねたが、俺も「さあ……」としか答えようがなかった。  その時は変な奴だなとしか思わなかったのだが……彼は俺とふたりで飲みたかったのだろうか。だとしたら何故だろう?別に親しくないから、相談というわけでもなさそうだ。  純粋にふたりだけで飲みに行きたかったのか?疎遠だから距離を縮めたかったとか……それならみんなで二次会に行けばいいだけなんだが、それだと思うように話ができない可能性もある……だからといって帰らなくてもいいのに、面倒くさい奴だな。  もやもやしてしまって手が動かなくなった。背後からは恐ろしく高速のタイピング音が聞こえてくる。 「あのさ、飲みに行かない?」  俺は思い切って背中越しに声をかけた。 「今から?」 「あ、そうじゃなくて今度……このプロジェクトがひと段落したらさ」  キーボードを叩く音が消えた。  数分の沈黙。 「悪いけど俺、今月末で退職するから」 「え?」 「デバッグが終わったら有給消化に入るし」 「あ、そう……」  遠回しにがっつり断られたようだ。このままでは会話が終了してしまう。 「えーと、転職するの?」 「地元に帰る」 「Uターンかあ」  中川はヒッチハイクで世界一周の旅に出そうなタイプではない。 「もう内定貰ってるし」 「よかったじゃん」 「まあプログラマーなんだけど」  いつの間に就活してたんだろう。 「……地元って何処なの?」 「盛岡」 「へえ……」
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