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エナジードリンクはかき氷のシロップのにおいがする。
かき氷といっても値段が四桁に迫るような小洒落たやつじゃない。地域のお祭で50円くらいで売られているあれだ。いちご、メロン、ブルーハワイ。果汁なんか入っていない、糖類と人工着色料の液体なんだけど、子供の頃は味というより祭の特別感が勝っていて、食べずにはいられなかった。でも、だんだん飽きてきて三分の一くらいは溶けてしまって、兄貴や友達がどこかへ行ってしまうのを追いかけるために薄い色水をもう美味しいとも思えずに飲み干す羽目になる。舌に残るべたつくような甘味に最後はうんざりしてしまうのだが、1年後の祭りの頃にはすっかり忘れてまたかき氷を買っている。
だから、残業のお供みたいなエナジードリンクが同じにおいだと気が付いたときには愕然としたが、よく考えれば、どちらも砂糖の塊みたいなものなのだから当然だろう。エナジードリンクは大量の砂糖だけでなく、カフェインとか高麗人参エキスとか興奮作用のある成分がこれでもかと添加されていて、祭りの夜でもないのにやる気を出すしかない。別にこんなもので無駄にカロリーを摂取したいわけじゃないが、納期直前に深刻なバグが見つかったのだから、俺のチームは徹夜を重ねてでも修正しなくてはいけなくなっていた。
「そもそもこんな短い作業期間で注文取ってくる営業がクソだろ」
俺は斜め後ろの席で黙々と作業をしている中川に声をかけた。寡黙な中川は俺が話し掛けても無視することが多い。だから、
「仕方ないだろ、法改正でクライアントもとにかく早く納品してくれるところを探してるんだから」
とド正論で返してきたのには驚いてしまった。
「それはわかってるけどさあ、プログラマーの身にもなってみろっての……」
返事を期待して語尾を濁してみたものの、中川は無言でモニターを睨んでいる。やっぱり中川と会話をするのは難しい。昨日は6人で作業してたから切羽詰まっているとはいえどこかに和気藹々とした雰囲気があったが、今夜は他のメンバーはクライアントの社屋で作業しているので、フロアは静まりかえっている。
中川は同期で入社して同じ課で席も近いのに、飲みに行くどころか雑談もあまりしたことがない。コミュ障なのかと思っていたが他の同期に訊いてみると、あまり口数は多くないけど楽しく喋っているよと言われて驚いた。どうも俺への態度だけが冷ややからしい。理由はよくわからないがあまり面白くはない。
それなのに、ついつい絡んでしまう俺も俺だ。同期に気の合う奴が何人かいるのだから、別に中川と親しくなる必要はない。確かに、同じプロジェクトチームに入れられることが多いから、どうしても言葉を交わす必要は出てくるのだが、事務連絡さえできればなんとかなるはずだし、実際にそうしてきた。避けられているのならば最低限の会話で充分と思うべきなのに、なんだか物足りない。中川によく思われたいという気持ちがどこかにあるのだろうか。
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