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怖くなった?
「好きです。突然こんなこと言われても困ると思うけど……」
告白だ。大学に入って初めて見るものに、俺はうろたえ、同時に興奮する。この子にとってはいつも広尾にくっついてる俺って邪魔だったかな。広尾はなんて答えるんだろう。
ここから離れなければと思うが、今動いてもいいものなのかわからない。取り敢えずタイミングをはかり、息を潜めた。
「……困るって分かってて言ったの? 俺と話したこともないのに」
「そうだけど、日高くんと一緒にいる時の広尾くん、楽しそうでいいなって……私も広尾くんとそうなりたい」
予期せぬ自分の名前にバクバクと心音がうるさくなる。他人の目から見て俺といる時の広尾が楽しそうに映っているのは驚きもあるが、嬉しかった。あまり表情が変わらない広尾だけど、この子にとっては楽しそうに見えていたのか。
結局広尾がさらにモテることになったけど、最初の目的だった広尾といることで目立つ作戦は成功していたのだと知る。
「……わかってるじゃん。一緒にいて楽しいのは日高だけなの。一緒にいたいのも日高だけなの……だから、もう俺にも日高にも関わらないで」
「え……? 日高くんには関係ないことじゃないの?」
「これは君が次に日高を狙わないための牽制。俺と一緒にいる日高のこと、いつも見てたわけでしょ?」
教室には沈黙が落ちる。広尾のことを好きになり、勇気をだして告白した彼女。受け入れられるにしろ断られるにしろ、きっと予想していたのもとは違っただろう。
それは俺も同じだった。困惑し頭の中にたくさんの疑問が浮かぶ。彼女が言った通り、このやりとりで俺は関係ないはずだ。
広尾の牽制。冷たくて、まるで責めるような声だった。どうしてそんなことをするのだろう。そこで俺はハッとする。もしこれが初めての事じゃなかったら。
俺が知らないところで、広尾は何度同じことをしたのだろう。足元がひやりとした時、すぐそばに人の気配を感じる。
「お待たせ」
「うおっ、びっくりしたー」
考え込んでいるうちに、いつのまにか女子はいなくなっていた。相変わらず無表情の広尾は何もなかったかのように俺を見る。
あまりにいつも通りで、それが得体の知れない怖さを生んだ。
「……あのさ」
「行こっか。日高の路線、電車少なかったよね」
「あ、おう……」
被せるように言ったのは偶然か、それとも誤魔化すためか。少しずつ広尾のことを知り、俺自身のことを話し、友達になれたと思っていた。けれど今は、広尾が何を考えて、俺にどういう感情を向けているのかわからない。
「行こ、日高」
違和感を抱きつつも促されるまま、俺は広尾の隣を歩いた。
廊下の先に見慣れた後ろ姿を見つけ、俯く。歩幅をゆるめ友達数人の影に隠れるように歩いた。そんな俺に不思議そうな視線が注がれる。
「日高、あそこに広尾いるけど、今日は絡まなくていいんか?」
「あー……うん、今日はいいかな……」
「なになに、ケンカか?」
「いや、べつになんでもないって」
無理やり口角を上げなんでもないと誤魔化す。硬い笑顔になっているのが自分でもわかった。しかしすぐに話題は変わり、皆の興味は他へ移る。追求されなかったことに息を吐き、安堵した。視線をあげれば、もう広尾の背はない。
広尾が告白された日。あの日から俺は広尾と距離を置き始めていた。今までは見かけたらどこだろうが駆け寄り話しかけていたし、授業だって当然のように隣で受けた。だからこうして避けているのはあからさまに映っているかもしれない。
強引に絡んで勝手にいなくなるのは都合が良すぎるってわかってる。けれど広尾が俺に向けている感情がなんなのか答えが出ず、どうすればよいのかわからなかった。本人に聞けばいいのだろうけど、確かめる勇気が出ない。
「牽制ってなんだよ……」
「日高なんか言った?」
「あ、いや、なんでもない!」
いつの間にか止まっていた足を急いで動かす。なるべく明るい声を出し、教室に入る友達を追いかけた。
『一緒にいて楽しいのは日高だけなの。一緒にいたいのも日高だけなの……だから、もう俺にも日高にも関わらないで』
頭の中で何度もあの日の言葉が繰り返される。友達と別れた俺は、ひとりキャンパス内を移動していた。今日の授業は終わったから、出口へと向かっている。
あの広尾に一緒にいて楽しい、一緒にいたいと言って貰えたのは嬉しい。けどそれは俺の中の感覚と同じなんだろうか。ひとりで考えても答えの出ない問いを何度も考えては首を捻る。広尾への態度もどうしたらいいのかわからない。いつまでもこうしているわけにはいかないのに。
ぼうっとしながら歩いていると、俯いている視界にスニーカーが映りこんだ。人がいることに気づき、慌てて目線をあげる。そこにはまさに思いを巡らせていた人物が立っていた。
「広尾……」
「見つけた」
近づいてくる広尾に俺は無意識に足を引きそうになる。しかし露骨すぎるよなと思い留まった。広尾を傷付けたいわけじゃない。
「日高、俺のこと避けてるよね」
「いや、それは……」
「怖くなった? あの日、俺の気持ち知っちゃったもんね」
「……」
核心に触れてきた広尾に、俺は何も言えず俯く。やっぱり避けていることに気づいていたのか。さらに近づいてくる広尾は、うやむやにする気はないらしい。
言われたとおり、俺には少し恐怖があった。今だって柔らかい口調ではあるけど、有無を言わさない強引さがある。
「あのさ、広尾の気持ちって……? 俺、何度も考えたけどよくわかんねぇんだよ」
「もちろん、日高のことが好きってことだよ。日高だってそうなるために俺に近づいたんだよね?」
「気づいてたのか……?」
「この顔で生きてるから下心には敏感なんだ。あ、でも責めてるわけじゃないよ。むしろ感謝してる。日高に選んでもらえたんだから」
動いた広尾は俺の手を取る。そのまま持ち上げると両手でぎゅっと握った。何故か顔を見なきゃいけない気がして、視線を上げる。
俺を見る広尾は微笑んでいるが目は笑っていない。逃がす気はないことを強く訴えてきた。ようやく俺は、自分がしたことの大きさを知る。
「今さら日高を離す気はないよ。ねぇ、俺のこと落としたんだから、ちゃんと責任取ってよ」
肌を撫でつけるような声にゾワッとし、鳥肌が立つ。
確かに最初は広尾を落とし、それで注目を浴びる計画だった。けれど俺は、上手くいった後の広尾との関係や、広尾が俺に何を望むかなんてことまで考えていなかった。
何か答えを出すまで逃がしては貰えないことを悟る。
「……俺、おまえを利用しようとした」
「うん」
「今さらだけど、都合良く使うようなことして悪かったなって思ってるよ」
「うん」
「でもおまえと同じ気持ちかって聞かれたら、そうだとは言えない……だから、ちょっと考えさせて欲しい」
「……うん。そっか」
モテたいなんて言っておきながら、人の心を弄ぶような真似をした。今さら反省したって遅いかもしれない。だからこそ、広尾との間に納得できる答えを出さなければ。
骨ばった手は捕まえた俺の手を離さない。今はまだ友達でいたいと思うのに、俺はその縋るような手を振りはらえなかった。
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