518人が本棚に入れています
本棚に追加
少し経てば平気
時々近くの会話に参加しながらグラスを仰ぎ、箸をすすめる。店員が忙しなく行き来する店内は騒々しさが溢れていた。
「こっち飲み物追加おねがいしまーす」
「あ、こっちも」
店員を呼ぶ声をかき消すように笑い声が響く。アルコールはないはずなのに皆いつもよりテンションが高かった。
普段通り友達とふざけ合う男子、何かの話題で盛り上がる女子、あからさまに気になる相手にアピールする人達。こういうイベントは気になる相手と近づく絶好の機会だ。
モテたいと言っていたのに、俺は何故か自分から誰かに話しかける気になれなかった。今思いっきり楽しむというより、これからの楽しみを待っている。以前にも何度か参加した食事会だが、今日は妙に浮ついていて、少しの緊張を感じていた。
「ねぇ日高、広尾くんと仲良いよね?」
「え、あー、まぁ」
トイレに行くからといなくなった男子に代わり、派手な女子が向かいの席に座る。いつも一緒にいるメンバーではないが数回話したことがあった。
「今日、広尾くん来るって聞いたけど、ほんと?」
「俺もそう聞いてる」
「え、でも来てないじゃん」
「だな」
「だなって……なんか聞いてないの? あたし今日バイト休んできたんだけど」
うきうきしていた様子から一転、女子の声は低くなる。こうやっていない広尾のことを聞かれたのは初めてじゃなかった。その度に俺は「なにも聞いてない」と返している。
今回も同じように返そうとした時、店の入口付近が騒がしくなった。自然と視線を向けると、まさに今話題にしていた人物が店内を見渡している。
目立っている広尾を眺めていると不意に目が合う。俺の方へ真っ直ぐ近づいてきた。
「ごめん、ここ入れてくれる?」
「どぞどぞ。広尾くん来てくれて嬉しい」
「ほんとに来たんか……」
話していた女子が横にずれ、俺の向かいに広尾は座る。店内中の視線がここに集まっていた。広尾が来ることを知らない人もいたのか「なんで広尾?」という声も聞こえる。
「広尾くん何飲むー?」
「ウーロン茶。後で自分で注文する」
「えー、あたしも頼むから一緒に言うよ?」
あきらかにテンションが上がった女子は触れそうなほど体を寄せる。広尾は少し眉を寄せ俯いた。女子の相手が面倒だからかと思ったが、何か様子がいつもと違う。ざわりと嫌な予感がした。
「広尾、調子悪い?」
「え、そーなん?」
「……少し。昨日遅番のあと課題やってたから寝不足で」
「え、大丈夫かよ」
体調を崩した広尾を見るのは初めてだった。顔色が悪く、とても少し不調なだけには見えない。
「大丈夫? あたし濡れたおしぼりもらってくる」
「いや、少し経てば平気だと思う」
「いーからいーから」
こういったことに慣れているのか女子はすぐに動いた。座っててと言うように肩を軽く叩き立ち上がる。広尾と女子のやり取りを見て、俺は何故か焦燥感にかられた。
最初のコメントを投稿しよう!