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お大事に
「なぁ、帰らねぇ? 俺、送ってくし」
「いや、日高はいなよ。俺のことは気にしなくていいから」
きっと遠慮してだろう。しかし俺は少し突き放されたように感じた。女子のことは強く止めないからこそ、俺だけ除け者にされた気になる。それに戻ってきた女子が広尾を介抱するかと思うと、その光景を見たくなかった。
「……帰るぞ」
席を立ち、広尾に手を貸して立たせる。強引にも思える俺に少し戸惑ったようだけど、広尾は後ろをついてきた。多数の視線を浴びながら店の外へと出る。
「電車はやめとくか? 家近いならタクシーって手もあるけど」
「いや、歩ける距離だからこのまま帰るよ」
「ん、どっちに行けばいい?」
そういえばこの店の最寄り駅は広尾が住んでいる地域だったと思い出す。まだ具合は悪そうだがしっかり立てているから、歩きでも平気そうだった。途中で悪化しても俺がいればどうにかなるだろう。
「でもいいの? 日高は残っても……」
「気にすんなって。こんな広尾をひとりで帰しても楽しめないしさ」
「……ありがと」
これ以上気にしないように明るい声で言う。効果があったのか広尾も少し表情を和らげた。それを見て俺も僅かに安心する。
店からもれている喧騒を背に、広尾とふたり歩き出した。
「ほんとにここか?」
「うん」
「……まじかよ」
広尾の案内でたどり着いたのは品の良い住宅だった。白い壁の家は大きく、中も広そうだ。辺りを見れば他の家も同じような感じで、ここが高級住宅地と呼ばれるような場所なのだとわかった。
「広尾んちって金持ちだったん?」
「……俺の親は海外だから、ここは叔父さんの家」
「へぇー」
少し暗くなった声に「やってしまった」と焦る。広尾にとって触れられたくない部分だったのだろう。詮索するようなことをしてしまい後悔する。
「日高、ごめん、ここまでありがとね」
「あぁ、いや、俺が勝手にやったことだし」
「今度お礼させて……じゃあ、またね」
「おう、またな。お大事に」
数回ひらひらと手を振った広尾は玄関の扉を開ける。扉が閉まり広尾の背が見えなくなると、振り返していた手を降ろした。
閉じた扉の奥から微かに声が聞こえる。俺も帰ろうと足を動かそうとした瞬間、光がもれ扉がまた開いた。ひとりの男性が外に出てくる。
「こんばんは、君が送ってきてくれたのかな」
「あ、こんばんは……そうっす」
「ありがとう。いつも寿がお世話になっているみたいで……」
「あ、いえ、こちらこそ」
突然の家族の登場に慌て、急いで背筋を伸ばす。しどろもどろな俺に男性は柔らかく微笑んだ。
「寿は他人に無関心なところがあるだろう? でも最近は楽しそうで僕達も嬉しいんだ。これからも仲良くしてやってね」
「はい、こちらこそ……広尾といるの楽しいっすから」
この人が広尾の叔父さんだろうか。そういえば広尾の名前って寿っていうんだった。緊張を感じながらもぼんやりそんなことを思う。
タクシーを呼ぼうかという男性の提案を断り、俺は体の向きを変える。ぺこっと会釈し来た道を戻った。
「……びびったー」
どうして友達の家族に会うのって緊張と照れがあるのだろう。鼓動が大きくなっていることに気づく。上手く話せていたのだろうか。
玄関の重い扉が閉まる音を聞きながら、速くなった心音を落ち着けるように息を吐いた。
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