いや、べつに

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いや、べつに

 冷房の音以外何も聞こえない、静かな店内。これといって仕事もなく、手持ち無沙汰な俺と広尾はただレジで立っている。  花火大会以降、俺たちはろくに話していなかった。なんとかしなきゃと思うのに、気まずさを打ち破る勇気が出ない。 「……俺、掃除してくる」 「うん」  今も無言に耐えきれなくなり、箒をつかみ店内から逃げ出した。自動ドアを開け外へ出る。  むわっとした湿気、熱、蝉の声がいっせいに襲ってくる。 「あつ」  特に汚れてもいない店先を箒ではいていく。このまま外にいたらすぐ汗をかきそうだと思っていると、不意に名前が呼ばれた。 「日高じゃん。頑張ってんねー」  屈めていた体をのばし、声の方を向く。そこにはいつも一緒に行動している友達のひとりが立っていた。夏らしい、丈の短いワンピースを着ている。 「あれ、なんでこんなとこにいんの?」 「サークルの帰りー。この暑さ勘弁なんだけど」 「ほんと暑すぎな」  友達の女子は眩しい陽射しから店の日陰に入る。大学ではいつも数人で話していたから、こうしてふたりきりなのは新鮮だった。  そこでふと、広尾とのことを相談してみようかという気がおこる。俺よりは恋愛に詳しそうだし、第三者の方が見えるものもあるだろう。 「てかさ日高」  そう考えた矢先、女子の方が先に口を開く。「なに?」と返すと、自然な流れで会話は続いた。 「結局モテてんの?」 「いや、べつに」 「ふーん……じゃああたしと付き合う?」 「……は?」  何を言われたのか理解できないまま女子を凝視する。付き合うって、俺が思っていることと同じなんだろうか。一瞬からかわれているのかと思ったが、友達は笑ったりもしない。  ようやく状況を把握した俺が最初にしたのは、店の中を見ることだった。外からだとわかりづらいが広尾は今もレジに立っている。外の声が聞こえていない様子を見て、安堵した。 「えーっと……」 「いやびびりすぎだから」 「……そりゃびびるわ」  戸惑っている俺に、ようやく友達は笑い、表情を崩す。いつものノリに戻ったことに心底安心した。 「いーよいーよ。なんとなく断られるのわかってたから」 「え、そうなん?」 「そんな気してたんよね」  告白が失敗したなんて思えないほど友達は軽く笑う。サンダルを履いた足が日陰から出ていった。 「でもなんで断ったか、考えといたほうがいいよ。わかってないっしょ」  駅の方に向かいながら手を振る友達。俺がわかってないことがわかるなら、聞けば何か答えを教えて貰えたのだろうか。 「だよな……」  背を見送りながらぽつりと呟く。蝉の大合唱のなか俺はひとり立ち尽くした。しばらくそうしていたが、ハッとして箒を動かす。  広尾が何をしているのか気になったが、何故か振り向けない。ふき出した汗が首をつたった。
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