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それは、友達として?
紺色のエプロンを外し、ハンガーにかける。ロッカーにしまい、代わりにリュックサックを手にした。
「……」
隣で同じように荷物を取り出す広尾も、そして俺も無言で帰り支度を進める。店の方で店長が通話中で、静かなバックヤードにもその声が響いていた。こんな状況だと気まずさを薄めてくれるすべてにありがたいなと思う。
チラッと隣を見ると広尾はバッグから取り出したスマホを確認している。いつもと同じなら、この後は店長に挨拶をして店から出ていってしまう。
広尾は俺が告白されたことに気づいているのだろうか。自動ドア越しだったが、声をひそめていたわけでもないから、聞こえていても不思議じゃない。もし気づいてるなら、今何を考えているのだろう。いつもと変わらないのは何故なんだろう。
モヤモヤと考えているうちに、広尾はトートバッグを肩にかける。もう時間がなかった。
「お疲れ様」
「っ……あ、あのさ!」
バッグヤードから出ていこうとした体をなんとか引き止める。今、すべて伝えなければならないと思った。勢いで出した声が震える。
「……聞こえてたかもしんないけど、教育の友達に、告白されて」
「……うん」
俺とは反対に広尾は落ち着いていた。俺がこれから何を言うのか察したのか、静かに向き合う。ひとまず足を止めてくれたことに安心した。
「今日断った理由、ちゃんと考えた。前はモテることばっか考えてたのに、いざ告白されても、なんか、思ってたのと違ってて……」
「うん」
「俺、中途半端だったよな。広尾を利用しようと近づいて、途端に怖くなって……それでも広尾から離れられなかったし、離れたいとも思わなくなってた」
「……それは、友達として?」
友達。確かに、広尾の気持ちを知った時は友達でいたいと思った。俺に向けられた広尾の気持ちが強すぎて、怖くなった。どうすればいいかわからなかったけど、話しかけてくる広尾を結局は受け入れて、花火まで誘った。
広尾が微笑む度に胸をかすめる痛みも、自分の身勝手さに怒りが湧くのも、ふたりきりを意識すると頬が火照るのも、全部、友達に対してじゃないと、やっと気づいた。いや、ほとんど気づいていたのに、関係が変わるのが怖くて、広尾に甘えていたのだ。
「ごめん、遅くなったけど、やっと答え見つけた」
「……うん」
怖いくらいに真剣な目。きっと俺も同じなんだろうと思った。すくむ足で踏ん張って、ぎゅっと拳を握る。自分の中で出した答えを人に伝えるのはこんなに怖いのかと思った。
「広尾じゃなきゃ嫌だ。広尾がいいんだ……どうしても」
口から出たのは駄々をこねているみたいな言葉。もっと上手く言いたいのに、出てきたのはこれだった。でも広尾に伝わってくれるなら、なんだっていい。
「俺も日高じゃないと嫌だ。日高しか見えない……お願い、俺しか選ばないって約束して」
近づいてきた広尾はあの日と同じように俺の手を握る。ぎゅうぎゅうとキツいくらいだが、それが必死さを伝えてきた。縋るような手に、今度は俺も手を重ねる。
「答え出すまで待っててくれてさんきゅな。特別なのは広尾だけだし、それが他になることもねぇよ」
「……うん。もうずっと離れないし、離さないよ」
広尾の言葉は比喩ではなく本気だ。今までの付き合いでそれがわかった。以前だったら向けられた大きすぎる感情に尻込みしただろう。でも今は、すんなりと受け入れられるし、俺も離れたくないと思う。
「……じゃあ、帰るか」
「うん。帰ろ」
いっきに照れ臭さに襲われ、はにかむ俺。広尾もいつもより表情を崩し笑っていた。愛しそうな視線がさらに照れを生む。
これからの広尾と俺は何が変わり、何が変わらないのだろう。夏休みが終われば今まで通りに授業を受けて、バイトして、時には出かけたりして。でもそれは友達じゃなく恋人としてになる。
楽しみであたたかな気持ちと少しの緊張が俺を満たした。
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