知りたかったんだよ

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知りたかったんだよ

「……俺の親、海外にいるって言ったでしょ?」 「……おー」  呼吸が整ってきて、ふつふつと実感が湧き出した時、広尾が口を開いた。続く言葉が予想できず、少し緊張が走る。 「高校卒業する時に、こっちに来ないかって誘われたんだ。迷ったけど、日高と出会えたから残って良かったなって思ってる」 「そっか……」  広尾の言葉に、俺はなんて返せば良いのかわからなかった。海外にいる両親のことを思うと「良かった」とは言えない。一緒にいたいからこそ、来ないかと誘ったのだろう。  いつかの日に、迷って悩んで日本に残ることを決めた広尾を思い浮かべる。俺たちが出会い、今一緒にいられるのが奇跡のように思えた。 「日高はどうしてモテたかったの?」 「え? あー……」  どうして。そう言われると別にハッキリした理由があるわけでもない。だからひとつひとつ胸に浮かんだ言葉を繋げていった。 「俺、中高って野球部で、ずっと坊主だったんだ。部活も厳しかったし、うちの部は代々恋愛禁止でさ。もちろん隠れて付き合ってる奴とかいたけど、先輩の目が光ってて」 「そうだったんだ」 「まぁそれなりに強豪だったから、俺も女子に声掛けられたりしてたんだけど、付き合ったりはできなくて……」 「付き合ってはないけど何かしたの?」 「いや、ちょっと連絡とっただけだわ……ほんと何もないから」   探るような声に俺は慌てて「何もない」と繰り返す。納得したのかはわからないが、広尾はそれ以上何も言わなかった。静かな目で俺を見て、続きを促す。 「だからさ、知りたかったんだよ。青春ってやつ」 「青春……」  もちろん部活の仲間ときつい練習に耐え、汗を流した時間だって青春だ。それはわかっている。だけど中高とずっと羨んでいた種類の青春を、大学からでも送ってみたかった。 「……じゃあ、制服デートしよ」 「制服デート?」 「うん。青春っぽくない?」 「青春っぽい」  突然の提案にぽかんとしながら広尾の言葉を繰り返す。制服デート。まさに俺が憧れていたものだった。 「え、したい。制服デートしたい!」 「とってある? 制服」 「あー、どうだっけ……たしか残ってるはず」 「俺、通販で買おうか?」 「いやぜってー違う用途のやつだろそれ」  広尾と一緒に制服デート。ふたりで別の制服を着て歩くのを想像するだけで、ワクワクと楽しみな気持ちが込み上げてくる。  さっきまでの甘く、濃密で、熱い息を溶け合わせていた時間も好きだし、友達の時のようにくだらない話をするのも好きだ。きっと広尾となら一緒にいるだけで満足なんだ。  次のデートを思い浮かべながら、俺たちは楽しみだと微笑んだ。
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