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今デート中だから!
塩気が強いポテトをつまむ。まだ温かく食感も良いポテトはいくらでも食べられる気がした。
「今日のポテト当たりじゃね?」
「うん、美味しい」
向かいの席で広尾もハンバーガーを頬張りながら頷く。平日夕方のファストフード店は学生でいっぱいだった。現役の高校生にまじり、俺たちも制服を着ている。
着慣れていた制服にまた袖を通したのは懐かしく、同時に大胆な行動にソワソワした。現役の生徒たちとそんなに歳が離れているわけでもないのに、周りからどう見られているのだろうと気になる。
「日高はこの後行きたいとこある?」
「え? あー、ゲーセンも行ったし、買い物もしたし……あとどこだろなー」
狭い席に押し込むようにして大きな袋が数個ある。ここに来る前にゲームセンターでゲットしたぬいぐるみと、突発的に入った店で買った服だった。
「今日は俺が憧れてたこと全部やらせてもらったなー」
「俺も楽しいよ」
「なら良かった」
食べ終わった包装紙を丸めながら目を細める広尾。その体は黒い学ランを纏っていた。
本当だったら秋の入口である今はまだ夏服を着ることになっている。けれど今日はちょうど肌寒いし、広尾は学ランを羽織り、俺も高校の時のワイシャツ、ネクタイ、カーディガンを着ていた。
高校生の広尾を知らないからこそ、広尾との高校生活を疑似体験している気がして嬉しい。いつも以上にはしゃいでいる自覚があった。
「どうしよ、とりあえず駅行くか?」
「そうだね。電車で移動しても良いし」
食べ終わった俺たちはトレーを手に立つ。片付けると荷物を持ち、店の出口に向かった。自動ドアをくぐろうとした時、人とすれ違う。一歩足を踏み出したところで呼び止められた。反射的に振り返れば、懐かしい顔がある。
「日高?」
俺を見る目は驚きで大きくなっている。同じように俺にとっても予期せぬ再会だった。
「え、変わりすぎっしょ! てかなんで制服?」
「うわ久しぶり」
高校卒業以来の同級生は制服姿の俺を不思議そうに見る。こういうことがないように、俺と広尾の家の中間地点にしたのに、無駄に終わってしまった。昔の同級生に会えたのは嬉しいけど、今はただ苦笑いを返した。
「え、どちらさん……? めちゃくちゃなイケメン連れてるじゃん」
曖昧に笑う俺から隣へと視線が移る。広尾を見た同級生はわかりやすく目を輝かせた。嫌な予感がする。
「俺、日高と同じ高校だったんす。日高の知り合いっすか? 今度合コンあるんすけど……」
広尾に余計な気を使わせたくない。嫌な思いもしてほしくない。広尾の顔にだけ興味がある奴から少しでも早く離れたい。
考えたのは一瞬で、突き動かされるように空いていた手で広尾の手を掴んだ。
「わり、今デート中だから! またな!」
握った手を引っ張って小走りで店を出る。ぬいぐるみが入っている袋を体にぶつけながら、駅の方へ走った。
「はぁっ、……広尾、ついてきてるかー?」
「うん、ついてきてる」
俺の問いに答えるように繋いだ手がぎゅっと握られる。それがなんだか嬉しくて、笑い声がもれてしまった。予期せぬ出来事だったけど、制服で手を繋いで走るなんて、これはこれで青春っぽいかもと思う。
「ふぅ、駅、着いたな」
駅が見えてきたところで、次の予定が決まっていなかったことを思い出す。少し乱れた呼吸を整えながら、チラッと広尾を見た。
「なに?」
「え、いや、なんでも……」
「何か言いたそうな顔してる」
「……バレたか」
今日、いや、制服デートが決まった日から、ずっと言うか迷っていたことがあった。まだ伝えるか悩んでいたのに、あっさり見抜かれてしまう。こっちをじっと見て促す瞳に負け、ついに口にした。
「実はさ……まだしてみたいこと、あるんだ」
「制服でってこと?」
「そう。制服で、広尾と」
恋人と制服でデート。高校生の時にずっと憧れていた高校生らしいデートを今日は堪能させてもらった。それだけでも満足しなきゃなのに、俺にはまだ望みがある。
引かれないか緊張するし、怖い。心臓も痛いくらいに脈打つ。意を決して俺は、まだ残っている制服でしたいことを広尾に告げた。
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