カレー美味いし

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カレー美味いし

 とろみの付いた液体をスプーンで掬う。本格的なスパイスが香るカレーは、学食で一番人気のメニューだ。スマホを弄りながら程よい辛さを堪能していると、イスが引かれた音がした。隣に人が座る。  やけに近いなと思い視線を向けると、トレーを手にした広尾がいた。乗っているのは俺と同じカレーライスだ。 「おはよ。今日は学食なんだ」 「おぉ、まぁ……ここのカレー美味いし」 「へぇ、俺はじめて」  告白とも脅迫ともとれるやり取りをしてから数日。一方的に避けていたから、今さらどんな顔をすれば良いのかわからず、以前のようにはいかない。  けれどそんな気まずさを感じさせない広尾は、当然のように俺の隣に座る。少し前とは立場が反対になっていた。  チラッと見た顔は今日も相変わらずイケメンだった。しかしすぐに違和感を抱く。なんかいつもと違うような……。違和感の正体に気づきハッと息をのむ。今度は隣を凝視した。 「え、それ俺が好きなとこの新作……」 「すごい、よく気づいたね。ここの服、日高着てるなと思って」 「うわ、めちゃくちゃいいじゃん……あー、俺も買うかなーでも今月厳しいんだよなぁ」  広尾の体をじっと見る。いつもは持ってる物をテキトーに着てるんだろうなという格好、目立たないためか地味な色合いの服ばかりなのに、今日は初めて見るものばかりだ。トートバッグも靴も服と上手く組み合わせていて、広尾自身にも似合っている。あまりのオーラにここが大学であることを忘れそうだ。 「え、もしかしてリップ塗ってる?」 「ほんとに細かいとこまで見てるんだね」 「ちょうど良い血色感……いいなーそれ」 「使ってみる?」 「うわ、気になってたやつ!」  いつの間にか俺は以前の調子ではしゃいでいた。そんな俺を見て広尾は愛しそうに目を細める。ただの友達とは違う視線。広尾が俺に向けている感情を思い出し、ソワソワとした気恥しさが襲ってくる。急に体が熱くなり手が湿った。  広尾が取り出したのは発売以来話題のリップだった。ほんのり色味があって自然な血色感を出してくれるらしい。人気で品薄が続いている商品だった。  試せるのなら試したい。でも相手が広尾となると、俺は手を伸ばせなかった。 「うーん……なんかこの後何に使われるかわかんないからやめとく……って自意識過剰か」 「いや、変なことに使わないよ。というかもう二度と使わない」 「使わないでどうすんだよ」 「毎日眺めるだけだよ。今日の日高を思い出しながら」 「……いや、それがアウトなんだよな」  他の人が言ったら冗談だと思い、笑うだろう。でも相手が広尾だと本気の可能性が高い。よくそんな怖いことを表情も変えずに言えるなとどこか感心する。 「でも広尾とこういう話できるのめちゃくちゃ楽しいわ。なー、今度……」  「一緒に買い物行こう」と言いかけて慌てて口をつぐむ。ちゃんとした答えを伝えていないのにこういう誘いをするのは、好意を弄ぶみたいでずるい気がした。まだ俺自身、答えが出そうなきざしもないから尚更。 「今度、俺も買ってみようかなー……来月バイト代入るし」 「……日高バイト始めたの?」 「おー、まぁまだ数回しか行ってないから、たいした額にはなんないと思うんだけどさ」  言いかけたことを誤魔化すために意味もなく笑う。特に追求されないから上手く誤魔化せたみたいだけど、目を伏せた広尾は何かを考えていた。  突然の沈黙に俺は困惑する。しかしひとつ気になることがあり、真剣な横顔に尋ねた。 「てか広尾、その服でカレー食うの?」 「うん」 「なんかこっちがヒヤヒヤすんなー」  おろしたての服でカレーライス。俺だったら絶対に避ける組み合わせだ。もし服にこぼしでもしたら、一週間は引きずるだろう。  俺の心配をよそに食べ始めた広尾。隣で俺もまたスプーンを動かした。
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