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聞いてねぇよ、神様
四月。新しい生活がスタートする時期。三百人は入りそうなホールで、俺は少し高揚していた。
入学式以来、一箇所に集められた新入生。全員私服で、バッグも様々。学校指定の物は何一つない。自分と同じように緊張を隠せないいくつもの顔を眺め、俺とここにいる全員の大学生活がついに始まったんだと実感する。
まだ授業開始までは数日あり、今日はオリエンテーションが行われる予定だった。誰でもいいから初めて会う人に声をかけたい。どんな出会いがあるのかとソワソワするが、右隣の女子二人は同じ高校出身らしくずっと話している。前に座る男子は突っ伏してスマホを弄っているし……。
キョロキョロと辺りを見渡す俺の左に、人が入ってきた気配がした。ちょうど良かったと口角を上げ体をひねる。もうほぼ「おはよう」と出かかっていた声は外に出ることなく消えた。目に入った人物に、俺は呼吸も忘れる。
「……なにか?」
「あ、いや、なんでも……」
地毛っぽい暗めの髪に地味な色合いの服、無愛想な反応。左隣の男子の第一印象はそんなところだろう。ただ、その情報が吹き飛んでしまうくらいに強烈な印象を焼き付けた。こちらがぼんやりするほど、整った顔立ちをしている。
ちょうど良い濃さの眉、なめらかな肌、バランスのとれたパーツ。気だるげな目が独特な雰囲気を作っている。一瞬で人を惹き付ける魅力があった。
「……」
話しかけることに失敗した俺はまた前を向く。少し離れた前方でこっちを見ていた女子と目が合った。気まずそうにすぐに視線が外され、隣の友達を小突く。
「ねぇ、あそこに並んでるイケメン見える?」
「えー、うわ、通路側の男子のイケメン具合えぐいな」
「それな、二人ともやばだけど通路側は目を疑ったわ」
はしゃぐ彼女たちの会話を耳にしながら、俺はまた呆然とする。そうか、隣のヤツって俺より目立つんだ。馬鹿みたいな感想だけど、俺にとっては重要な事だった。
「俺のキャンパスライフが……」
周りに聞こえないくらいの声で呟く。これから始まる大学生活への希望から一転、オレは暗い顔で拳を握った。
小さい頃から「信弘くんは綺麗な顔してるね」「格好良いね」と言われ、中高では名前も知らない生徒から連絡先を聞かれたことが何度もあった。
俺自身もこの容姿を気に入っていたし、大学に入ったらバイトしてオシャレな服を買い、自分を磨いてモテまくる生活を送る予定でいたのだ。
しかし初日で現実を突きつけられてしまった。当たり前に俺より目立つヤツがいて、当然のように注目を浴びている。隣の俺には「まぁそこそこイケメンだよね」という視線が向けられている。
「……こんなん聞いてねぇよ、神様」
ため息を吐きながらもう一度左を見る。周りからの視線にも動じず、暇そうに前を向く顔はやっぱり息を飲むほどで、ずっと見ていたいと思わせる。
また何か言われる前に視線を落とし、俺はひとり、静かに打ちのめされていた。
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