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〇、恋とはどんなものかしら
一目ぼれなんて、信じない。
信じられるわけがない。
なのにその男を見た瞬間、グワッと瞳孔が開いたのが自分でも分かった。
腹の奥深くから沸き立つように血液が発泡して逆流するみたいな違和感と、駆け上がる心拍、指先がわずかに揺らいだのがたまらなく恥ずかしかった。
「はじめまして? あの、僕の顔に、なにか」
女のそういう反応には慣れていると言わんばかりの余裕めいた口ぶりがまた、憎たらしかった。
私は書類に軽く視線を落としてから、一段低く「いいえ?」と答えた。
「写真で見るより、なんていうか、タレントみたいね」
震えないようにと意図的に押し殺した声に、男はクスッと息を漏らした。
「写真? テレビじゃないんだ」
「ごめんなさい私、ワイドショーなんて見ないもので」
「ニュースも?」
「CNNでは、やってなかったわよ、あなたの事件」
大人げないとは思ったが、それで場の空気は私の方に傾いた。
男はニタニタした笑みを引っ込めて私を見つめた。
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