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「私は庵野律子(あんのりつこ)。裁判所に任命されて、あなたの精神鑑定を行うことになりましたので、よろしく。こちらは助手の堀さんです」
「堀、洋介(ほりようすけ)です。よろしく」
仏頂面で堀くんが軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします、僕は……」
意外と丁寧に会釈をして、男が微笑む。
「って。今さら自己紹介もないですね。知っているんでしょう、僕のことはなんでも。プロフィールはそちらのファイルにある通りなんで」
顎をシャクって男が笑った。
万堂哲人(ばんどうあきと)、二十九歳。
東京女子連続強姦殺人事件の被疑者が今、私の目の前で音もなく笑んでいた。
とてもでないが四人もの無辜の市民を殺したようには見えない平凡な男が、手を伸ばせば届く距離で私を見ていた。
私はその爬虫類じみた瞳を見つめ返して、出来る限りゆっくりと、微笑みを返した。
一目ぼれなんて、絶対に信じない。
若い女の子ならいざ知らず、精神科医としても中堅にはなりつつある私がそんな恋に落ちるものですか。
そもそも私は安易に恋愛感情に流されたりしない。
今までもそして……これからも、そんなことはあり得ないのだ。
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