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そういえば堀くんと初めて出会ったのって何年前だったんだろう。
確かあの時は堀くんは学生だったはずだが、あれは学部生だったんだっけ、それとも院生にはなっていたのか。
あの頃は私もまだ研究者として正式採用されていたわけでもなく、たまたま私の論文を読んだ教授の紹介で国立大学の研究室に出入りしていたのだ。
当時は当然のように堀くんと呼んでいたのだけれど、私が医務官を辞めて研究者になった後、数年かけて研究室をもらえるようになった頃に研究者同士として再会した。
正式にうちの職員に採用してからは一人前扱いしてやらねばと思って堀さんと呼ぶように意識している。
本人のいないところではまだ堀くん堀くんと言っているせいで、気を抜くとつい昔の癖が出てしまう。
軽口を叩く時は特に。
私は意識しなおしてまた、口を開いた。
「ねえ、参考までに訊かせてもらいたいんだけど、堀さん、これ、何に見える?」
机の上に一枚残されていたモノクロのロールシャッハカードにちらりと視線を寄越して、堀くんは力強く言い切った。
「インクのしみ、ですね。以上でも以下でもありません」
「まったくの同感よ」
「……喉渇きましたね。お茶淹れてきます」
乱雑に積み上がった資料の中から二つのマグカップを発掘した堀くんが、足音も立てずにそろそろと給湯室へと吸い込まれて行った。
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