一、ハバネラ(恋は野の鳥)

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 そこから目の届く距離の小さな有料駐車場に車が数台停まっているのが見えている。 「これ、運ぶだけでいいんですか?」  それくらいなら、と手を貸す女性を、男は申し訳なさそうに見ている。 「助かります。あの、もしよかったら後日お礼を……」 「いえそんな。これくらいのこと、大げさですよ」  傍らの箱は重いものではなかったが、かさ張るので松葉杖をつきながらでは確かに難儀するだろう。  一応は精密機器だから落とすわけにもいかない。 「本当に、ありがとうございます」  杖をついてぎこちなく歩みを進める男に並んで女性が箱を持って付き従う。  その先にはありふれたワゴンカー。  何もおかしなところはない。  女性は特に疑問を持たない。  そしてスライド式の後部ドアが開き 「ここで、いいですか?」  箱を車に積み込もうとした女性の後頭部はしたたか打ち付けられて身体が前に倒れる。  男はギプスをはめていたはずの足をしっかりと地につけて、大きく振りかぶって再度、女性の後頭部を殴りつける。  凶器と化した松葉杖と不要になったギプスを共に車中に放り投げ、男は意識を失った女性を雑に押し込んでドアを閉める。  悲鳴ひとつ残さずにワゴンカーは走り去る。  その持ち主と同じくらいにありふれた車体は、静かに夜の街、誰にも見咎められることもなく消えてゆく。  あまりにも手際のいいその犯行に目撃証言はほとんど出なかったという。
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