一、ハバネラ(恋は野の鳥)

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「よく考えられてますよね」 「そうね。実際にこの通り実行できたとしたら相当に洗練されているわね」 「人の好意につけこんで、有無を言わさず後ろから殴りつけるとか」  残忍というより合理性が高い。 「でもなぜここまで詳細に手口が分かっているんですかね。自供なしにしちゃ、ちょっとディテールが充実しすぎてる気が」  ファイルから目を上げて堀くんが訊く。 「どうもそれ、前半は証言で取れたみたいね。一人、未遂で逃げた女性がいたでしょう」 「なるほど、いましたね。五人目の女性か……」  五人目の女性は東京女子連続強姦殺人事件をよく知っていた。  何しろテレビで連日報道されていて、職場でも若い女性社員は十分気をつけるようにと注意もあった。  チープだが紐を引くと大きな音の鳴る防犯ブザーまで希望者に配られたくらいなのだ。  松葉杖の男はかなりの好青年に見えた、と後に彼女は語っている。  身なりも口調もしっかりしていて、一見まともな男性だったと。 「怪我をしていて不自由なものですから、荷物を運ぶのに苦労してしまって……」  申し訳なさそうにそう言われた時、手伝ってあげたいと本能的にそう思った。  この時点で男の犯行手口はマスコミにも警察にも判明していなかった。  だから彼女が警戒したのは、そこではなかった。
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