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一、ハバネラ(恋は野の鳥)
数年前に東京郊外に新設された法務センターは思ったよりも広くて、早めに車に乗り込んだつもりだったのに指定された部屋に辿り着く頃にはすっかりギリギリの時間になってしまっていた。
安い椅子の背もたれに寄りかかってようやく一息ついた堀くんがうんざりした様子で言った。
「いやしかし、なんて広さなんだよ」
「それだけ収容人数が多いってことなんじゃないの」
私たちがいるのは医療刑務所で、まずこの棟に来るまでにいくつもの施設を越えなければならなかった。
婦人補導院、少年鑑別所に矯正なんとかセンター、案内図を見ただけではどこに何があるのか把握もしきれない。
それだけ犯罪と犯罪者がはびこっているのだ、この東京には。
「こんなことなら東拘の方がよかったんじゃないですか」
きちんと折り畳んだハンカチで顎に溜まった汗を拭きながら堀くんが早くも後悔を口にしている。
「嫌よ、あなた行ったことないんでしょ。あそこ行くとなんかこう、気が滅入るのよね。光量あるのに薄暗いっていうか、圧迫感っていうかさ」
「古くて汚いんでしたっけ? 狭いとこに寿司詰めで押し込められて」
ははは、と笑って堀くんがファイルを並び替える。
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