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「あら知らないとでも思った? 自分が影でなんと呼ばれてるかくらい把握してるわよ」
「……いやあ、その、俺はそんな風に思ったことないですからね、ええ、一度も」
「ふうん。それは知らなかったわね」
意味もなく咳払いをして堀くんが忙しそうに立ち上がる。
若干顔がこわばっているように見受けられますが。
「ええと俺、すいません、アレ探して来ますね、アレ。いやあ、忙しいなあ。ほんと、うん、忙しい!」
何やら声を張りながら、妙にせかせかと研究室から出て行く背中がじっとりと汗ばんでいた。
ついでにもう一つ知っている。
私が鋼の女と呼ばれているように堀くんは、この研究室で手伝うようになってからずっと、鋼の犬と呼ばれているのだ。
それに本人が気づいているかどうかまでは、私は知らない。
なぜか給湯室の方からガラガラと何かが落ちる音と「きゃん」と犬が鳴くような悲鳴が聞こえたが、知ったこっちゃないので私は敢えて聞かなかったふりでもう一度資料へ視線を戻した。
こちらの様子を伺うような短い沈黙のあと、ガサゴソとものを動かす音がまた聞こえ始めた。
ちゃんと全部、元あったところに戻してくれれば問題は何もない。
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