二、私のお母さん

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 私は細く長く息を吐いて目をつぶる。  この犯人は犯行現場で、きっと嗤っていただろう。  愉悦を薄い口唇に刻み、踊るような目で被害者を見下ろしながら、何度も何度も打ち下ろす。  重く詰まった金属棒。  その耳には被害者の掠れた哀願が染み入るのか。  ちろり。  私は犯人が赤く舌なめずりしたのを想像して、額に手を当てた。  私の額はじっとり汗ばんで、火照っていた。  この犯人は、悪魔だ。  人間のすることとも思えない。  いま急に、ひどく気分が悪いのに気がついた。  建物全体が老朽化して、冷房の効きが甘いから。  それでついつい換気がおろそかになって酸素が薄くなっているのだろう。 「今日はもう帰ろう」  お疲れさんと思いながら、私はエアコンのスイッチを落とした。  ふと窓の下に見えた夜道が薄暗く細く陰気に見えた。  厚い雲に覆われて月も見えない。  犯人は捕まっていると分かっているのに、なんとなく背筋がぞぞっと湧き上がる。  ロングの女は独り歩きに気をつけろ。  暑いからねと言い訳をして、私は長い髪をぱっとまとめてお団子にして、通勤用の三センチヒールにむくみきった足を差し入れた。  頭上で古くなった電灯にまとわりついた夏虫が羽音を立てて、二度三度、蛍光灯にその身をぶつけた。
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