二、私のお母さん

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 研究室で資料の読み込みに没頭してしまったので、自宅マンションに帰り着くのが二時間ほど遅くなった。  玄関を開けてムッと立ち込めた臭いに思い切り玄関のドアを閉めてしまいそうになるが、気を持ち直して暗闇をキンと睨みつける。  パチンと音を立ててリビングの電灯をつけたら、奥から苛立った老女の声が聞こえてきた。 「ずいぶんと、遅かったのねえ」 「仕事よ」  なるべく息を吸わないように母の部屋まで行って、いちばん最初にベッドの脇の簡易トイレの始末をした。  ビニール袋で二重にしたくらいでは、この臭いは消えることはない。  溜息を吐きたいけれど、その前にまず息を吸いたくない。 「ほんとに仕事かしらねえ。あー、背中が痛い、足がつらい……ああ、苦しい」  この布団、いつ換えたんだっけと考えて、すぐにどうでもよくなる。  窓を開けて換気しようとしたら枕を投げつけられた。 「何すんだよ、このふしだら女!」 「だから! 仕事だって、言ってんでしょ!」 「男の臭いがする。男だよ、絶対に男だ。ああ汚らわしい、男臭い、ああ胸が悪くなる! この売女、売女!」 「あんたみたいにクソの臭い撒き散らした老いぼれよりマシだろうが!」
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