二、私のお母さん

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 私、あんたに似て執念深いの。  やっぱり親子だからねえ?  遺伝子は、らせんの呪い。  がんじがらめの鎖に縛られている。  そういう風に生まれついている。  私も、あんたも。  同じ穴の狢なんだよ。 「それではくれぐれも、お願いしますね」  別に階段から突き落としてくれちゃっても構わないけど。  愛想を振りまいて頭を下げて、それで老婆からしばし解放される。  見上げた時計は出勤時刻を指していた。  私は息をつく暇もなく、通勤用のヒールに足を通す。  ここからようやく、私の一日が始まる。  玄関でシュッと一吹きするのは、だいぶ前から甘ったるい香水なんかではない。  布用の消臭剤を全身に浴びてから私は出ていく。  やや老朽化してきたエントランスのガラスドアが背中で閉まり、私は直射日光の降り注ぐ街へと低いヒールの音を響かせた。  数歩で汗ばむ陽気、きっと気温は二十五度なんかとっくに超えている。  四捨五入したら三十度。  なんなら四捨五入しなくても、もう。  駅まで辿り着く頃にはシャツがびしょびしょになって、研究室に着くころにはすっかりダメになってしまっているだろう。  この季節は予備のシャツをいつもロッカーに入れてある。  ああうんざりする。  何もかもがもう、うんざりする。  キッと睨み上げた空には、めらめらと焼き尽くすサディスティックな太陽が今日も民草を見下ろして高笑いをしていた。
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