二、私のお母さん

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 私の仕事はいつも、疑問から始まっている。  この人は一体何を考えているんだろう。  ほんの小さな疑問から興味が自然に広がって、研究につながる。  そういう意味でこの男は、万堂哲人は非常にやりやすい仕事相手だと言えた。  疑問や興味が無尽蔵に湧いてくる。  この男、どんなことを考えているのだろう。  どうして殺したんだろう。それともまさか、本当に犯人は別にいるのか。  まだよく分からない。  喉が鳴る……。 「何見てるかと思えば、あいつの経歴ですか」  もう暗記しているでしょそれ、なんて堀くん呆れた声を掛けてくる。  どっこいしょ、と言いながら堀くんは対面の席に座り、ずんぐりした身体が半分紙束の山の向こうに消えた。  学生たちに提出させたレポートの山だ。  いい加減評価をつけてやらないといけないことは、分かっている。 「そうね、そろそろ暗記しちゃうかも」  万堂は実に優秀で器用な人間であるらしい。 「これ見て。小学校の指導要録」  手を伸ばしてヒラつかせたコピーがレポートの山に吸い込まれた。  我が国の教育について憂える意見はよく聞くが、実際こうして犯罪者の過去のデータを取り寄せると驚くことの方が多い。  本人さえ忘れているような小学校での生活がまざまざとよみがえるほどに、きめ細かい記述が見つかることも少なくないのだ。
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