妖怪カオハギ

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「妖怪カオハギって知ってる?」 「何それ?」 「どうせただの作り話でしょ」 「それがさ、うちのクラスの犬飼さん、最近学校来なくなったでしょ」 「体調不良でしょ」 「違うんだよ」 「えー、まさかーー」 「そのまさか、妖怪カオハギの仕業なんだよ」 「馬鹿らしいね」 「もー、信じてよ」 「そもそも妖怪なんて、いるわけないじゃん」 「あーあ、言っちゃった」  ●○●○●○● 「いーけないんだいけないんだ、あーらーらー、こーらーらー、せーんせーにゆっちゃーおー」 「勇気のバカ」  少女は自分をバカにするように笑う少年の頬を叩くと、泣きながら走り去っていく。 「あのやろー、人の顔叩きやがって」  頬を押さえながら、少年は少女に怒りを抱いていた。  少女に対する悪口が次から次へと思い浮かび、地団駄を踏みながら一つ一つ唱えていく。 「明日会ったら覚えていろ」  辺りも暗くなり、夕焼けだった空が青く染まり始めていた。  少年は足早に公園を後にし、人一人が通れる程度の狭い路地の前で足を止めた。  普段は明るい時にしか通ったことがなく、穏やかな印象を受ける路地。だが夜になると空気は一変し、今にも何かに襲われてしまうかのような恐怖に襲われる。 (何を怖がってる。この程度……)  と己を鼓舞し、いざ、路地を通りーー 「ーーゆーうきくん、見ぃつけた」  少年の背後には男が立っている。  ぎんぎらぎんな銀髪に人を嘲笑い、見下している赤い目、肩には花の入れ墨が入っていて、一見人間のようだ。  男は少年の首に手を当て、耳元で囁く。 「君は妖怪が何か、知っているかい?」  唐突な質問に、少年は答えることなく沈黙し続ける。 「ある者は妖怪を"魂の逸脱者"と呼んだ。その者は現世とは魂のレベルを上げる為にあり、魂が極上のレベルまで鍛え上げられた場合、どうなると思う?」  少年を置き去りに、男は話を続ける。 「私はある日、疑問に思った。なぜ人口は増え続けるのか?生命は増え続けるか。そんなのは簡単なことだった。魂は無数に生産される。だが同時に、消費もされる。つまりーー」  笑みで、鋭く尖った歯が露になる。  恐怖を具現化したような顔で、男は続ける。 「ーー喰われるんだよ。"神"などと呼ばれる存在に」 「な、何の話ですか……」  少年の問いかけに男は聞く耳を持たず、自分の話を続けるだけ。 「我々は餌でしかない。例えるならここは地球という海で、死ぬという原理は釣りざおにかかり、引き上げられるということ。釣られた魂は料理され、神の口へと運ばれる。だから私はあの世に行くことを拒み、結果、妖怪となった。私の理解者はいつ現れるのか、それだけが待ち遠しくて仕方がない。だがどれだけ顔を剥いでも、結果、理解者は現れない。退屈だ」  男のもう片方の手にはナイフが握られている。 「だから決めたよ。私は顔を剥ぎ、その者に成り代わり、魂の救済を」  男はナイフに反射する自分を眺め、狂喜的な笑みを浮かべる。 「世界が真に求めるはーー魂の救済。その方法はあの世へ行かず、現世にとどまり続けること。だからーー」  男はナイフを少年の顎にくいっと当てる。  少年は命の危機を感じ、身体がぶるぶると震えて脅えている。ただ恐怖だけを抱いている。 「私は君へ成り代わる。君は何でもない徒人(ただびと)として生きていく。現世への執着が人を妖怪へと変える。さあ、君はどの選択を選ぶ?」  顔が剥がれれば、己の存在は誰にも理解されない。  ただの他人として、そこには明確な境界線がーー心の距離が生まれるのみ。  ーーねえ、  ーーねえ、ねえ、  ーーこんなところで何をしてるの? 「ーー何で……!?」  ーー昨日、叩いちゃってごめんね 「……もう、いいさ」  ーー悪いことをしちゃってごめんね。君と仲直りして、私はいつまでも君と一緒にいたいんだ。だから、 「ありがとう。僕を見つけてくれて」  ーーどういたしまして
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