潮時

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 今までありがとう、と小さく呟く優吾に亜蓮は僅かな疑問を抱いた。 「優吾さんはなんで俺と……?」  上司から紹介され、亜蓮は優吾の担当になった。仕事の時だけでなくプライベートでも接するうちにいつのまにかこんな関係になってしまった。勿論亜蓮の悩みなんかを話すうちに同情をしてくれたのだとわかるのだけど、優吾は結婚をしている。  単なる気晴らし? 浮気を楽しんでいただけなのだろうか。いや、今までの優吾を見ていてもそれだけじゃないのは亜蓮にもわかっていた。 「なんでかって? 亜蓮君が俺の大切な人に似てたんだよね。そう……ただそれだけだよ」  大切な人──  かつての違和感……少し繋がった気がした。「思い出してしまう」と言っていた優吾の優しい眼差しを思い出す。  優吾のことは知っているようで実はわからないところも沢山あった。自分が担当になってからすぐ、優吾は見合いをし結婚が決まった。結納の品から結婚指輪、全て自分が関わり祝福をした。申し分のない綺麗なパートナー。幸せそうな披露宴。自分には決して手に入れることの出来ない幸せの形……  親の決めた相手だろうと、婚姻を結ぶと言うことは少なからず愛情はあって当たり前だと思っていた。でも優吾の言う「大切な人」はそのパートナーではない。  ずっと心の中に留めている「大切」な人と、常日頃側にいてプライベートでも仕事でもお互いを理解し「大切」に思っている、婚姻を結んでいるパートナー。  亜蓮は顧客の性格、趣味嗜好、仕事や私生活までしっかりと把握している。優吾は亜蓮とこんな関係になっていても決して家庭を蔑ろにしていたわけじゃない。寧ろ大切にそのパートナーとの日常を育んでいた。だから亜蓮には理解ができない部分もあった。  優吾との関係を終わらせるのにきっと未練などは無い。それでも今、このタイミングでこの関係を終わらせる意味が亜蓮にはわからなかった。 「亜蓮君は亜蓮君なんだよね……」  優吾は少し寂しげに笑う。その瞳を見て、これは亜蓮のことを思ってのことじゃない……きっと優吾は自分自身のために、その大切な人への思いにけじめをつけようと、この関係を清算しようとしているのではと思い始めた。 「亜蓮君は亜蓮君なのにね、その子の代わりになんかならないのはわかってるんだけど……うん、自己満足だな。最低だろ? 君とこういう関係になったって自分の体は満足してもあの子には何の救いにもならないのにさ」  優吾は大切だと思っていた人を捨て、今の自分があると言う。亜蓮と体を交える事が罪滅ぼしのようになっていたと笑った。  それを俺に言うのか?── 「それってその人にも俺にも失礼じゃんか……」 そう思ったけど亜蓮は口を噤んだ。何故ならそれは自分にも言えること……優吾を自身の欲求の捌け口にしていただけ。自分勝手なのは同じだった。人肌のぬくもりを求めていただけだと言われても否定はできなかった。
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