第五話

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第五話

『トレーナーがスナックの鈴子(すずこ)ママに決まりました』  おい!? 美少女設定どこいった!?  のそのそと画面に入ってきた厚化粧のこの人………見るからにオネェだろ! 髭生えてるし! しかも俺よりも遥かに上回るでっぷり体型だし、パツパツのパーティードレス+バラとかもう運動する気ゼロじゃん!  あとここまできたなら歴史人物名で揃えろよ無性にモヤモヤする!  ん? 何か白い紙箱開けた………っておい!! ピザを食うなっ! 豪快にしゃぶりつくなっ! ターザンロープみたくチーズを垂らすなっ!  何が悲しくてダイエット中にでっぷりオネェのピザ咀嚼シーンを観賞しなくちゃいけないんだ。拷問かっ!  半分くらい食ったところで、鈴子ママとやらはてかった唇を舌なめずりして、 『ふ〜ん………アンタがノブユキねぇ』 「タカユキだっ!」  どいつもこいつも俺の名前呼ぶ気あんのか!?    さらには値踏みするような目つきで、頭から足のつま先までじろじろと見つめてくる。何? 中継なの? もう恐怖も一周回って無だ。 『フン、気に入ったわ。アンタ、アタシの昔の男によく似てる』  究極にどうでもいい情報ありがとうございます。 『ねぇ、そんなビクつかないで、お話ししましょうよ』  ダイエットがしたいです。 『ほら、いつものオカマバーに来たと思って、ネッ?』  いや、行ったことないし! 勝手な設定盛るなっ! 『ねぇねぇ、恋人とかいるの?』 「い、いないけど………」 『じゃあ、好きな人は?』 「あー………同じ学部に、気になる子が……」 『ふぅ〜ん………』  と、そっけなく相槌を打ったかと思うと、ビキリっ、と、筋肉が剥き出て、 『うグォォオオアアアアアアアア!!』 「何でぇ!?」 『おめでとうございます! 鈴子ママが、鬼モードに覚醒しました!』  元から鬼っぽかったけどさらに鬼だな! 胸元のドレスもはち切れて雄々しい大胸筋がバキバキだし。  グフフ、と、鬼化した鈴子ママは下卑た笑みを漏らして、 『アタシというものがありながら………』  いつ関係を結んだ!? 勝手に昔の男から俺に上書きするなっ! こんな奴から嫉妬されても微塵もときめかないからっ! 『ちょっと、豚ァ!!』  どすん、どすん、とコントローラーが揺れるほどの荒っぽい足音。 『お兄ちゃぁん!!』  さらに加えて乱れる足音。  本能が非常に嫌な予感を告げている。  どちゅん!! と重い衝突音のあとに、三十四インチのテレビ画面いっぱいに、かつてのトレーナーだった三人のゴリマッチョ鬼がおしくらまんじゅうしていた。 「ぎゃああああああああっ!!」  隣の部屋から壁ドンを食らうほどの、俺も含めた阿鼻叫喚が部屋で炸裂していた。 『豚は俺のもんだァ!!』 『いいや俺のお兄ちゃんんんん!!』 『ノブユキはアタシの男よォォォォ!!』  野太い声の大合唱で、世界一嬉しくないハーレムが繰り広げられる。  いや、待て。一つ、聞き捨てならない言葉が……… 「お、れ?」  生まれたての小鹿のように震える俺の恐怖心を見透かしたように、三人の鬼は醜く笑う。 『実は俺たち……(おとこ)()だったんだァ!!』  『『『ゲハハハハハハハァ!』』』  もう制作スタッフヤケクソじゃねーか!! 何? これ五年かけて完成した復讐劇なの!? 販売中止を強いられた五年分の恨みを募らせた的なやつなの!? 俺はおぞましい無差別テロに巻き込まれたのか!? 『ちなみに俺のパッドはEカップだぜェェェ!!』  黙れ門左衛門!! もうキサマには一ミリたりとも未練はないっ!!  それでは、と、空気の読めないナレーションが、俺の抗議の声も一切無視して告げた。 『この三人の中から、お好きな鬼を選んでください』  野獣じみたラブコール、画面上に揉みくちゃになるゴリラ顔、猛烈に震えるコントローラー。  うっ、と、急激に込み上げてきた不快感。口の中に酸っぱい味が広がり、おえっ! と抑える(すべ)もなく激しくえずいて、言葉よりも先に、昼食べた好物をそのまま床にリバースしてしまったのであった。  二週間後。晴れやかな声ではしゃぐ若者たちが溢れるキャンパス内で、俺は一人ベンチにもたれて天を仰いでいた。 「あっ、いたいた! タカユキー! 久しぶり! 聞いたぞ! お前あのトキメキ♡トレーニング買ったってな!!」  同学年のチャラめの友達に捕まり、しぶしぶと顔を向ける。 「なーんかアレ買ったヤツ、恐怖的なスピードで痩せていくってSNSでバズってたけど、お前まだ二週間………ってうおっ!」  目が合った刹那、チャラ()はびくりと跳ね上がった。 「お、まえ………痩せすぎだろーっ!!」  そういやこいつとは二週間ぶりだったなぁ、と、遠い目をする俺は、今朝の鏡で見たやつれた自分の顔を思い出していた。ぽっこりお腹が消えたはいいが、頬まで骨張るほど痩せこけてしまったのだ。 「何してそんなに痩せたんだっ!?」 「何って………」  ふと、走馬灯みたく脳裏に浮かんだのは、ゴリマッチョ鬼たちのおしくらまんじゅう………。ははは、と乾いた笑みがこぼれる。 「心労、かな……」  とりあえず、三次元の優しい彼女を作って、癒しのパンケーキ屋で共に仲睦まじく健やかなデブ活を始めたいと思う。
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