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曾祖母の遺した古い木箱。
瓦礫の中から見つけ出せたのは、それだけだった。
曾祖母は昔、霊能者だったという。
木箱を背負い町を巡っては、自身に霊を下ろしたり、お告げをしていた。祖母は主婦だったが、曾祖母の教えを守り、遠出の時は木箱も持っていった。
『オシツネサマは旅が好きだから、連れてかなきゃ。ウチを守ってくれる大事な神様。でも箱を開けちゃいかん。暴れてしまう』
俺がむかし勝手に開けようとした時は、とんでもない形相で怒った。
祖母から強く託されたものの、時々箱の中からカサカサ音がして気持ち悪いと、母は押し入れの奥に仕舞い込んでいた。
奇跡的に箱は壊れていなかった。箱に巻かれた「禁」の紙も残っていた。
だが海に攫われ外に放置されていたのだ、保たないだろう。開けたところで叱る人間もいない。最後に一度、中を見ることにした。
「禁」の紙を解き、蓋を開ける。
中に、布を巻いた汚いコケシのようなものが入っていた。楕円の頭には、横一線が彫られているだけだ。
「……ショボい神様だな」
こんな奴に家なんて守れるのか。いや実際、守れはしなかったのだが。
と。
コケシが起き上がった。
「無礼者。ワシを誰だと思っている」
「うわっ‼︎」
流石に驚いた。
コケシは自らを『オシツネサマ』と名乗った。自ら「様」を付けた。
「お主がひ孫か。うむ、よく似ておる」
「ひいばあちゃんなんて写真でしか見たことないから、わからねぇよ……その写真ももうねぇし。あの日」
「何が起きたかは、わかっておる」
コケシは下を向いた。
「すまぬ。家を守れなんだ」
「ホントにな」
コケシは体に巻いた布の端をどうやってか持ち上げ、顔に当てた。
「ワシは神だが、他所に訪い力を溜めねばならぬ。長年押し入れにいたワシは、もうチカラがない……ただのデクノボウじゃ」
「そんだけ喋って何がデクノボウだ」
大声を出しかけ、やめた。こんな木片にムキになるのは馬鹿らしい。
「せめておぬしだけでも守りたい。だから今から旅に出るのじゃ」
「ふざけんな‼︎」
大声が出た。
「大真面目じゃ‼︎ ワシは旅をせんとチカラが出ないのじゃ!」
「知るか! 何もかも無くしたのにノンキに旅なんかできるかよ!」
「おぬしにはまだ、ワシがいる! 必ず運を呼ぶから、まず出かけい!」
自称神と怒鳴り合い、隣からうるさいと怒鳴られ、結局、奴を袋に入れて少し遠い店まで買い物に行った。
感情的になったのは久しぶりだった。
驚いたことに、その後すぐ再就職できた。
「見よ、この霊験。さぁ旅に出るのじゃ」
「仕事あるから行く暇ねぇよ」
「では職場に連れて行くが良い」
「絶対いやだ!」
古ぼけた神様との暮らしは、こうして始まった。
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