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友里亜は、人間って本当に驚いた時は悲鳴もでないものだと今実感をした。目の前の光景をすぐに受け入れられる人間などいないだろうと思った。受け入れ難い現実に頭の中はクリアになっていく。そして、クリアになっていくごとに、目に映る光景が鮮明になってくる気がした。
友里亜の目の前には、何かの液体が満たされた大きな水槽の中に、口に何かの管を咥えている女性がホルマリン漬けの標本のように入れられていた。その手前には銀色に輝くベッドのような台。壁には多くの刃物がかけられており、棚には電動ノコギリのほかに、これも何かの液体に漬けられている切断された手や足、内蔵器や眼球や耳などの感覚器が並んで置かれていた。
友里亜の頭の中では言うことを聞いておけばよかったという後悔とともに、昨晩夫と交わした会話が蘇ってくる。
「明日から仕事で遠方に向かう。帰りは明後日になってしまうと思う。お前は退屈になるだろうから、この広い屋敷の探検でもして楽しんでいてくれ」
友里亜の夫は医師として大学病院で勤務しているが、夜勤がないために一晩家を空けることなど一緒に住んでこの半年の間一度もなかったことだ。急に一人で過ごしてくれと言われて最初は戸惑った友里亜だったが、この大きなお屋敷を探検してよいと鍵束を渡されたことで、テンションは上がってきていた。この半年、同棲はしていても、正式に籍を入れるまでは体の関係はもたないと夫から言われていたため、何となく自己肯定感が下がっていたことも気にならなくなった。
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