一人目、体育教師(32)

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「……随分開けっぴろげなお母様ですね」 「そうなんです」  何言ってんのとあしらうと、母は続けた。あなたの父親と結ばれたことが、人生の幸せツートップのうちの一つだって。 「私、驚きました。父は私が赤ちゃんの頃に出て行ってしまって、顔も全く覚えてないのですが……そんな父のことを、今でも母がこんなにも慕っているなんて」  その話をする母の顔は、まるで少女のように可愛らしくて、衝撃を受けた。今までで一度も見たことのない表情だった。 「ちなみに、ツートップの内のもう一つは何だったんですか?」 「もう一つは、私を産んだことだそうです」  私の返答に、遠山先生の顔が少し和らいだ。目の前の彼は多分、いつもの淡々とした無表情からは想像しにくいが、実はとても心の温かい人間なのだろう。  感心していると、再び彼の眉間に皺がよる。 「で、つまりどういうことですか?」 「その時、私思ったんです。母の言うことは本当なのかもしれない、と」    今まで、男性と付き合うこと、特に肌を重ねることに抵抗を感じてきた。けれど、それは間違いだったのではないだろうか。 「この間、ついに三十歳になりました。まともな男女交際もして来ず、友達もほとんど結婚してしまい、この通り一人ぼっちです。なので、これを機に研究してみようかと」 「研究……ですか?」 「はい。体の相性が良い相手というのは本当に存在するのか。そして、その相手となら幸せになれるのか、調べてみたくなったんです」  遠山先生は初め、まさかという疑いの視線を送ってきたけれど、私の真剣な態度をみてヒクヒクと口元を痙攣させた。あ、引いてる。 「正気ですか?」 「はい、正気です」 「まさか……だって高槻先生は学校でも真面目でキッチリしていて……」 「それは一ヶ月前までの私です」  彼は力が抜けたかのように椅子にもたれかかり、数秒放心状態となった。少し首をもたげたことにより、彼のきっちりと切り揃えられた前髪がサラリとなびく。  職場の先輩である私の素っ頓狂な話にショックを受けてしまったのだろう。お詫びのしるしにせめてここのコーヒー代くらいは出そうと、今のうちに伝票をサッと自分の膝の上に回収した。 「……その研究相手として、生田目先生が選ばれたってわけですか?」 「はい。研究相手第一号です。ただ、私が選んだというよりは、彼の誘いに乗っかった、と言った方が正しいかもしれません」  脳裏に、あの夜のことが思い出される。つい先日、学校の隣駅で行われた新人歓迎会の夜だ。
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